インタビュー

第3回「正しく怖がることが大切」(岡部信彦 氏 / 国立感染症研究所 感染症情報センター長)

2009.05.18

岡部信彦 氏 / 国立感染症研究所 感染症情報センター長

「新型インフルエンザへの対応」

岡部信彦 氏
岡部信彦 氏

米国、メキシコを中心に感染拡大が続く新型インフルエンザは、恐れられていた鳥インフルエンザほどの強毒性は持たないことが分かりつつある。しかし、ヒトの移動が激しい現代において1カ所で発生した新型ウイルスがあっという間に広がる恐ろしさをあらためて世界中に知らせる結果となった。日本記者クラブ主催の「新型インフルエンザ研究会」(2009年5月8日)における岡部信彦・国立感染症研究所感染症情報センター長の講演内容から、今回の新型インフルエンザ感染の特徴と、これから必要となる対応を紹介する。

季節性インフルエンザについてもう少し詳しく述べる。日本のインフルエンザ監視システムはしっかりしている。全国5,000カ所の医療機関から患者数の報告が毎週ある。発熱があり、せきが出て、のどが痛いといった症状を見て判断する。中にはインフルエンザでないものが紛れ込んでいる可能性はあるが、大多数は間違いない。この冬は120万人の報告があり、比較的多い年だ。現在も週に1-2万人の報告がある。これまでの報告数を見ると多い年で150万人、少ない年でも70-80万人がインフルエンザの患者として報告されている。

これらの数字は5,000カ所の医療機関が把握した患者だから、全国の患者数となると毎年1,000万人から1,500万人、日本人の1割前後の人が毎年、季節性インフルエンザにかかっていると推定される。インフルエンザによる死者数は、インフルエンザによる患者発生がない場合に比較して、どれくらい死者が増えているかでみる。超過死亡という。この数年を見ると少ない年で2,400人というときもあったが、15,000人に上る年もある。

新型インフルエンザのワクチンは、米国から分与してもらったウイルスを用いこれから開発にかかる。ただし、季節性インフルエンザに毎年、1,000万人もの人々がかかることを考えると、次のシーズンに備えた季節性インフルエンザワクチンの製造をやめて、新型インフルエンザワクチン製造に切り替えるかは、考える必要がある。サイエンスだけで決められる問題ではない。

季節性インフルエンザでも免疫を持たない所では大勢の患者が発生する。これまで熱帯アフリカではインフルエンザはあまり流行しなかったため、ほとんどのアフリカ人はインフルエンザに抵抗力がない。実際に2002年にマダガスカルとコンゴに季節性インフルエンザA香港型(H3N2)が新入したときは大きな流行が起きた。マダガスカルでは7-8月にかけて呼吸器感染症にかかった人が67%に上り、致死率も2%だった。コンゴでは11-12月に肺炎などにかかった人が47.4%、致死率も1.5%に上っている。普通のインフルエンザでも、このように罹患率、致死率が一挙に上がることがあるから注意しないといけない。

幸い新型インフルエンザには抗インフルエンザウイルス薬であるタミフルとリレンザが効くこと分かっている。現在、タミフルは国内に治療用として2,500万人分あり、感染が10-20%であれば十分足りる量だ。さらに08年度補正予算で4,000万人分に増やすことになっている。リレンザも60万人分の政府備蓄があり、これも135万人分に増やすことになっている。

SARS(重症急性呼吸器症候群)が大問題になった03年当時に新型インフルエンザが発生していたら手も足も出なかったと思う。当時、タミフルは手に入るような状況ではなかったからだ。幸い今回は薬が使えるが、とはいえ、湯水のようにタミフルを使ってはいけない。すべての人に使えるだけの量はないのだから、重症になる人、なりそうな人に優先的に使用すべきだ。心配だから使うということはやめてほしい。手洗い、うがい、マスクといった日常の予防行為を励行し、熱が出始めた人は早めに休んで自宅でゆっくり静養してほしい。糖尿病など基礎疾患を持つ方が感染すると重症になる恐れが強いので、感染が拡大してから病院に行かなくてもすむよう今のうちに主治医から薬をもらっておくといった備えも必要だろう。

インフルエンザは呼吸器の感染症だ。消化器官からは感染しない。インフルエンザウイルスは胃の中で胃酸により不活化されてしまう。それでも心配なら豚肉を調理して過熱すればよい。それでウイルスは不活化する。

またインフルエンザは、くしゃみやせきなどによる飛沫感染が主だから、感染者の1-2メートル以内に近づく場合、マスクを着用した方がよい。医療機関用のマスクの必要はない。あれを普通の人がきちんと着用するのは難しいからだ。むしろ価格も安い市販のマスクで十分だ。マスクはきちんとつけるから意味がある。

寺田寅彦の言葉に「ものをこわがらなさ過ぎたり、こわがり過ぎたりするのはやさしいが、正当にこわがることはなかなかむつかしい」というのがある。正しく怖がることが、大切だ。

(完)

岡部信彦 氏
(おかべ のぶひこ)
岡部信彦 氏
(おかべ のぶひこ)

岡部信彦(おかべ のぶひこ) 氏のプロフィール
1971年東京慈恵会医科大学卒、帝京大学小児科助手、慈恵医大小児科助手、神奈川県立厚木病院小児科、都立北療育園小児科など勤務を経て、78-80年米バンダービルト大学小児科感染症研究室研究員。帰国後、国立小児病院感染科医員、神奈川県衛生看護専門学校付属病院小児科部長を経て、91年フィリピン・マニラの世界保健機関(WHO)西太平洋地域事務局伝染性疾患予防対策課課長、95年慈恵医大小児科助教授、97年国立感染症研究所感染症情報センター・室長、2000年から現職。

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