ほかのポータルサイトも似たようなものだろうか。当サイエンスポータルをトップページから見てくれる人は、全体の1割もいない。アクセス数というのは、実に厄介な数字で、編集者も「これがどうやら実態に近い」と思うデータを出してもらったのは、ごく最近の話である。それまでは、どの記事、どのページがどれくらい読まれているか、実はよく分からなかった。「あんたの理解力の問題では」と突っ込まれると返す言葉に困るが…。
今年1月のデータで、話を進めたい。「朝日/毎日/読売の科学ニュース」というページのアクセス(ページビュー以下同じ)が、アクセス総数の約16%ある。これは大きな数字といえよう。朝日、毎日、読売3紙の最新科学ニュース各6-10本の見出しが、一目で分かるページである。実は、こんなページがあることを、編集者はつい最近まで知らなかった。トップページからすぐに分かるようにはなっていないからだ。
「これは便利」と気づき、おそらく「お気に入り」に入れてこのページだけよく見る。そんなビューワーが6人に1人くらいいるということだろうか。とにかくトップページを見てくれる人より、「朝日/毎日/読売の科学ニュース」を見ている人の方が多いということは、間違いない。
朝日、毎日、読売の最新科学ニュースが、どれほど読まれているか知る前から、心がけていたことがある。できるだけ3紙に載っていない、あるいはごくあっさりとしか報じられていない記事を意識して載せたい、ということだ。この1年間、ニュース執筆は全て後任の編集長に任せてしまったが、それまでの6年弱は、この考えを貫いた。通信社で長年「科学記事」を書いていたから、科学記者が書きたがらない記事がどういうものかについては、相当分かっているつもりだ。
科学記者が書きたがる記事とは何か? 例えば、宇宙がらみの話を、日本の新聞、通信社の科学記者は好む。2008年に土井隆雄さんを乗せたスペースシャトルが打ち上げられた時、面白い記事が毎日新聞に載った。打ち上げ地である米フロリダ州のケネディ宇宙センターで、取材に来ていた米FOXテレビの記者が、毎日の記者に次のように言ったという。
「NASAのニュースは最近関心が薄くてね」
続いて記事は次の様に伝えていた。「その言葉通り、テレビも新聞も、扱いは地味だった」
あれから7年たつが、日本の科学記者の宇宙好きは、昔と変わらないのではないか。なぜか、と聞かれたら一講釈できるのだが、今回はパスする。とにかく編集者は、宇宙の記事は最小限しか書かなかった。どうせ、各新聞社の科学記者がせっせと書いて載せてくれるのだから、と。
では、新聞や通信社の科学記者が書きたがらず、編集者が意識的に伝えようとしたことは何か。例えば、日本学術会議の活動がある。米国の科学アカデミーや英国の王立協会のようにすぐなってほしいと望んだところで、無理なのは承知の上でだ。とにかく、日本社会のありように対する日本の科学アカデミー(日本学術会議)の影響力は、小さすぎる。
日本の行政は、審議会を活用することで、「学識経験者」の知恵を反映させるという形式をとってきた。ここに日本学術会議の意向が反映される、ということにはなっていない。気に入った学者を一本釣りして審議会などの委員に任命し、行政側の意向に沿った提言や報告を出してもらう、というのが現実ではないか。科学アカデミーが政府から独立した機関として政策決定にもっと主体的に関与しないと、社会はよくならない。そう考えてのことだった。
東日本大震災では、それなりの責任は果たしたと評価するが、政府から恒常的に審議依頼が来るようにならないと、日本学術会議の存在価値は大したことない、と言ってよいのではないだろうか。
もう一つ、意識して伝えようとした例を挙げると、司法がらみの話がある。当サイトのインタビュー欄、オピニオン欄に何度か登場願った法医学者の押田茂實・日本大学名誉教授からDVDを送っていただいた。3月12日にテレビ朝日・ANN系列局で放送された報道・情報番組「スーパーJチャンネル」で、押田氏も出演した「DNA鑑定が暴いた!?痴漢事件の“驚きの真相”は?」の録画が入っている。
痴漢行為をしたという女子高校生の訴えで逮捕、起訴された36歳の団体職員の裁判闘争について詳細に伝えた番組だ。痴漢事件の裁判という特に珍しいとも思えない話をこれほど詳細に取り上げるということは、「無実の可能性が濃厚」という取材チームの判断があるのは、間違いない。この件については、前に押田氏本人から聞いていた(2012年11月26日オピニオン・押田茂實氏・日本大学名誉教授(法医学)「最近のDNA型鑑定と刑事裁判の問題点」参照)。
「むしろ触られたのは自分の方」と被告が言う日(逮捕された前日)にはいていたズボンの股間部にセロテープをあてて、慎重に試料を採取する。この試料を検査したところ、複数のDNA型が検出された。こんなことができるというのにまず驚く。それよりも、ここまでして被告人の無罪を証明したいという押田氏の法医学者としての真摯(しんし)な姿勢に、あらためて感服したものだ。
被告である“加害者”のズボンから検出されたDNAには、“被害者”である高校生のDNAも含まれていた! 「かなり濃厚な接触がないとこれほどはっきり検出はされない」。番組では、こうした押田氏の発言とともに、衝撃的な鑑定結果も図入りで分かりやすく説明されている。編集者にとってはさらに驚く事実があった。“被害者”である高校生は、男と勝手に思い込んでいたのだが、実は女子高校生だったのだ。“被害者”の方が実は“加害者”の股間をまさぐっていた、と聞けば、まさか女子高校生がそんな行為に及ぶとは、と早とちりしていた。
番組によると“被害者”は「1週間続けて通学時の車内で痴漢被害に遭った」と訴え、当日は7人もの鉄道警察隊員と警察官が電車に乗り込み、“加害者”と“被害者”を取り囲み、現行犯逮捕している。“被害者”の勘違いというのは考えにくい。“犯人”を是が非でも逮捕させてやるという強い意志があり、警察もそれに乗ってしまった、とみるのが自然だろう。
裁判で検察は、押田氏の鑑定結果を認めず、懲役2年を求刑している。さいたま地裁の判決は4月18日だそうだ。裁判官というのは、被告、弁護士より検察官の言い分を信用する。過去の冤罪(えんざい)事件をみれば、否定しようがない現実だろう。果たして、どんな判決になるのだろうか。NHKを含む各放送局は、無罪判決に備え、押田氏などの取材をすでに済ませているらしいが…。
それにしても、妻子ある被告の一生はすでに相当のダメージを受けている。5カ月半にも及ぶ勾留期間中に夫人が自殺未遂を起こしたことも、番組は伝えていた。
科学技術政策のキーワードに「安全・安心」が言われてだいぶたつ。凶悪犯罪も冤罪も許さないことこそ、社会の求める最も基本的な安全・安心ではないだろうか。こうした司法がらみの話も意識的に伝えてきたのは、科学捜査の重要性、法医学者たちの苦労にも、新聞、通信社の科学記者はもっと関心を持ってもよいのでは、と思うからだ。通信社時代の反省も含め、つくづく感じるのだが、現役の科学記者諸兄姉の思いはどうだろうか。
研究者、研究グループの研究成果を分かりやすく伝えるだけなら、気の利いた大学院生でもできる。もっと社会のため、社会との関わりが深い科学ネタを追うべきでは—。通信社時代、偉そうに後輩たちを挑発したことを思い出す。
立ち上げ時から7年弱、関わってきた当サイトの編集から、今月いっぱいで手を引くことになりました。これが最後の編集だよりになります。長い間、ご支援くださいました方々に深く感謝申し上げます。