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司法関係者が統計学を理解できないと

2010.08.25

 「科学裁判を考える」というユニークなシンポジウムが、法務省、東京高等裁判所、最高検察庁、東京高等検察庁と隣接する弁護士会館で開かれた。

 主催は、科学技術振興機構社会技術開発センター。冒頭、司会者が「シンポジウムのスポンサーである社会技術開発センターの…」と切り出し、すぐ訂正するという一幕もあった。有本建男 氏・社会技術開発センター長に「このシンポジウムは、十数もの課題候補の中から選ばれた社会技術開発センターの研究プロジェクトの一環として開催された。スポンサーはセンターではなく、納税者だ」と正されたためだ。

 新たにスタートした研究プロジェクトは「不確実な科学的状況での法的意思決定」という名称で「司法関係者と科学者・技術者がいかに協働し、法的意思決定を行っていくべきか、そのあり方について研究開発を行う」のが狙いとされている。

 科学技術の社会への波及が急速なあまり、その影響のすべてを確実に予測できないのが現実となっている。一方、科学技術がはらむ多様なリスクを社会や個人が受け入れるか否かについて、最終的に司法に判断を委ねられるケースが増えている。ところが、司法関係者の多くは、科学技術の持つ不確実さを十分に理解していない—。こうした背景が、新研究プロジェクトが必要とされた理由のようだ。

 最初の基調講演者、津田敏秀 氏・岡山大学大学院環境学研究科教授の指摘からも事態の深刻さが読み取れた。津田氏は疫学が専門の医師として、水俣病を初めとする多くの環境裁判の法廷で証言してきた経験を持つ。

 氏の指摘の中で、多くの人がありそうだと感じるだろう、と思われることがあった。裁判官を含む司法関係者の多くが、疫学の基本である統計学を理解していないということだ。確率というものが理解できない結果、「95%の確率でこれこれのことが言える」という科学者の証言に対し、「では残り5%はどうなのか」といったやりとりにしばしば論点が移され、結果的に「5%」の方が勝ってしまうことが「日本の法廷ではよく見かけられる」(津田教授)という。

 法医学者としての長年の経験から、司法界に厳しい意見を持つ押田茂實 氏・日本大学医学部(研究所)教授は、「(医療事故裁判における)相当因果関係というのは、相当いい加減な関係だ」という言葉で、司法界の科学的見方の欠如を言い表している(インタビュー「法医学の役割-安全で冤罪許さない社会目指し」第5回(2010年6月7日)「医療事故への適切な対処」参照)。

 司法関係者の多くに科学リテラシーの低下があるのでは、という懸念は一般の人々の中でも徐々に大きくなりつつあるのが現実ではないだろうか。社会技術開発センターの研究プロジェクトがどこまでこれを改善できるか注目したい。

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