オピニオン

日本の女性研究者に期待する(小川眞里子 氏 / 三重大学 人文学部 特任教授)

2012.12.20

小川眞里子 氏 / 三重大学 人文学部 特任教授

三重大学 人文学部 特任教授 小川眞里子 氏
小川眞里子 氏

 岐阜大学の「女性研究者活動支援事業」の3年間を締めくくる総括シンポジウムが12月5日に開催され、基調講演「女性研究者の現状:世界・日本・三重」を行った。その中で触れた日本の女性研究者に対する期待を述べてみたい。

 「山中伸弥教授ノーベル賞受賞」のニュースは、この秋一番のビッグニュースであった。皮膚科医である夫人とそろっての記者会見は、これまでの受賞男性たちとは違う新しい時代のカップルのスタイルであり、温かくさわやかに受賞の喜びを日本中に送ってくださった。山中教授の受賞で日本人ノーベル賞受賞者(科学以外の受賞を含む)は19人目となり、近年に限ってみれば日本は米国に次ぐ量産国という。普通はここで終わって、「これを励みに、元気を出して、日本は頑張らなくては」となるだろう。

 でも、私はふと思う。日本は19人ものノーベル賞受賞者を輩出していながら、なぜ女性の受賞者は1人もいないのだろうと。ノーベル賞創設の頃には女性が高等教育を満足に受けられないような状況もあり、平均してみると女性受賞者比率は50人に1人くらいの割合だ。しかし英米独仏伊、どこも科学分野の女性受賞者はいる[1]。日本は世界に冠たる科学技術立国であるし、男女に等しく高度な教育が開かれているというのに、なぜ、日本には科学分野での女性のノーベル賞受賞者が出ないのだろう。

 今やすっかりお馴染みになった「研究者に占める女性割合の国際比較」(『男女共同参画白書』)で、相変わらず日本は最下位である[2]。それならば、日本よりはるかに高い女性比率を誇る国々は、労せずしてその地位を保っているのかと言えば、必ずしもそうではない。早い時期からの努力の積み上げがあってのことで、理系分野の女性研究者育成は世界的課題である。

 少し外枠から述べてみよう。1979年に国連で「女性差別撤廃条約」が採択されたとき、日本は憲法に男女平等をうたいながら、国内法がそれに見合うものに整備されておらず、批准には至らなかった。その後に批准の条件である「家庭科の男女共修」、「両系血統主義」の実現、そして赤松良子・労働省婦人少年局長(当時)の首を懸けた闘いの末「男女雇用機会均等法」が制定され[3]、85年にようやく同条約の批准に漕ぎ着けた。日本は72番目の批准国である。事が女性に関わることになると後回しになり、極端に世界標準から外れるのがわが国だ。国連開発計画の2011年の人間開発指数は187カ国中12位であるのに対し、世界経済フォーラムが示す12年のジェンダー・ギャップ指数は、135カ国中101位と3ケタである。国際通貨基金(IMF)のラガルド専務理事が、この10月に「もっと日本女性の能力の活用を!」と苦言を呈したのも当然であった。

 理系分野への女性の参画を促す動きは米国の着手が早く、「女性差別撤廃条約」採択の翌年(米国は、国内法が同条約を上回る権利を女性に保障しているので批准していない)、すなわち1980年に、理工系における機会均等法を成立させた後、NSF(米国科学財団)が次々と支援プログラムを打ち出して、経済の好調期へとつながっていった。やや遅れて英国も84年にWISE(Women Into Science and Engineering)キャンペーンを発足させ、科学技術分野への女性の参画を推進し始めた。欧州連合(EU)全体としては、98年に欧州委員会の研究総局に「科学と女性」ユニットが設けられ、猛スピードで増加策が推進された。これらの国々の思惑は、根幹に男女平等はあるにしても、「女性の才能を浪費しないで、経済の活性化に役立てるべきだ」というところにあった。

 日本はといえば、2006年に「女性研究者支援モデル育成」事業が始まり、増加はしつつあるが、先に述べたように「研究者に占める女性割合」は依然として最下位のままである。一定程度の女性研究者を育て上げた国々は、彼女たちをロールモデルとして次世代が育ちつつある。日本の博士課程修了者全体における女性比率はEUの『She Figures』という統計冊子に親切にも掲載されているが、EU加盟国中最下位のマルタが25%で、日本はビリから2番目の27%であり、3番目のギリシアに9ポイントもの差をつけられている[4]。世界的に見て、きわめて低い日本の女性博士課程修了者比率だというのに、それに占める留学生比率は23.9%に及ぶ。さらに比率の低い理工系女性に限ってみると、女性博士課程修了者に占める留学生比率は工学系で45.9%、農学系で36.1%にも上る[5]。彼女たちが博士号取得後帰国するとすれば、わが国の次世代育成はさらに困難だ。

 『She Figures』から女性研究者に関係してもう一つ紹介しよう。彼女たちの所属部門別、すなわち高等教育部門、公共部門、民間部門それぞれにおける女性研究者比率を示すグラフである[6]。日本はこれら3部門全てにおいて見事に最下位である。高等教育部門21%はまだしも、民間部門の比率は7%である。筆者のグループでは、日本、韓国、台湾の2001-11年の11年間における博士課程修了者の平均年間伸び率を調べたが、日本で男性0.31%、女性3.90%である。男性がほとんど頭打ちであるのに対し、女性は大きく増えているように思われるかもしれないが、韓国のそれらは5.31%と9.55%である。これは、この11年間韓国では毎年1割ずつ程度博士課程修了女性が増えてきたことを意味している[7]。

 日本の男女ともに民間部門が博士号取得者の受け皿とならなければ、新たな女性博士号取得者の輩出につながっていくことは難しい。先の『男女共同参画白書』の「研究者に占める女性割合の国際比較」において、日本は最下位であるのみならず、すぐ上に位置する韓国との差も年々開く一方である。

 そもそも、学生数の減少で大学の研究者増加が期待しにくい高等教育部門であるが、研究者のライフスタイルもネックである。というのも、男女共同参画学協会連絡会の07年の調査によると、女性研究者の配偶者はほとんどが職に就き、基本的に共働きであるのに対し、日本では男性研究者の配偶者の55%ほどは無業である。家には専業主婦の妻がいるという状況である[8]。これは世界の大学所属の研究者の状態からみると、きわめて特異である。米国やドイツでは、無業の妻をもつ男性研究者は、日本の比率の半分程度である[9]。大学や研究機関で、女性研究者支援のプロジェクトを推進しても、今一つ共感をもって組織が一丸とならないのは、いまだに研究者の多くが男性で、その男性研究者の半数以上は専業主婦の妻を持ち、共働きの女性研究者の悩みとはおよそ無縁だからだろう。世の中一般は共働き世帯が増えてきているし、大学や研究機関で研究者同士の若いカップルも増えてきているので、事態は徐々には変化するだろう。他方「研究者同士のカップル」(Dual-Career Academic Couples)の増加は別の問題も生じることになろうが、以前に述べたことがあるのでここでは繰り返さない。

 世界的に問題とされている女性研究者の育成について、わが国が手をこまぬいてきたわけでないことは十分承知している。ただし、国内事情を見る限りでは想像もできないほど、世界的にその取り組みが進んでいることは認識される必要があろう。欧米だって長い時間をかけてここまで来ているのであるから、日本も努力し続ける以外になさそうだ。

 日本の女性は、今年のオリンピックを見ても、世界のどの国にも負けない頑張り屋だ。科学技術分野でだって決して劣るはずがない。女性研究者を育てるには、社会的な環境整備が不可欠である。そして彼女たちの社会全体での活躍は、日本の経済にも良い効果をもたらすに違いない。やがては日本初、アジア初の女性ノーベル賞受賞者の誕生を期待したい。

[1] 小川眞里子「10人の女性ノーベル賞受賞者」日本エッセイスト・クラブ編『うらやましい人』文春文庫 2006年 文藝春秋。
[2] EU加盟国・加盟候補国とOECD加盟国の中からの35か国にロシアを加えて比較。
[3] 「女たちの10年戦争:「男女雇用機会均等法」誕生」 NHKプロジェクトX制作班編『プロジェクトX 挑戦者たち 6』日本放送出版協会 2004年。番組は2000年12月19日放送。
[4] She Figures 2009, p. 49を参照。まもなく2012年版が出る。文部科学省科学技術政策研究所 第1調査研究グループ 加藤真紀ほか『日本の大学教員の女性比率に関する分析』2012年5月。 9頁によれば、博士課程修了者全体に占める女性比率は25.9%とされている。
[5] 加藤真紀ほか 同上、10頁。
[6] She Figures 2009, p. 31.
[7] この数値は、小川を中心とする日本・韓国・台湾の研究者グループの共同研究により算出されたものである。メンバーは、Yen-Wen Peng、Li-Ling Tsai、Eunkyoung Lee、三浦有紀子、河野銀子、財部香枝である。
[8] 男女共同参画学協会連絡会『科学技術系専門職における男女共同参画実態の大規模調査』平成20年7月 35頁 図1.60 配偶者の職。
[9] 木本尚美「ジェンダー・バイアス」有本章編著『変貌する世界の大学教授職』玉川大学出版部 2011年、134頁。こちらの大学教員に限ったデータでは、日本の男性教員で無業の妻をもつのは62%である。

三重大学 人文学部 特任教授 小川眞里子 氏
小川眞里子 氏
(おがわ まりこ)

小川眞里子(おがわ まりこ)氏のプロフィール
岐阜市生まれ、岐阜高校卒。1971年東京大学教養学部基礎科学科卒、74年東京大学大学院理学研究科科学史科学基礎論修士課程修了、78年同人文科学研究科比較文学比較文化博士課程中退。博士(学術)。三重大学人文学部を2012年3月に退職。現在は同大名誉教授、特任教授。お茶の水女子大学ジェンダー研究センター客員研究員、科学技術振興機構社会技術研究開発センター評価委員。専門は科学史・科学論、研究テーマは、進化論の文化的基底、19世紀伝染病の社会史、科学とジェンダーなど。著書に『フェミニズムと科学/技術』(岩波書店)、『甦るダーウィン』(岩波書店)、『歴史教育とジェンダー』(共著、青弓社)、訳書に『女性を弄ぶ博物学』(工作舎、共訳)など。

関連記事

ページトップへ