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Dual-Career Academic Couples - 研究者同士カップル問題(小川眞里子 氏 / 三重大学 人文学部 教授)

2008.07.16

小川眞里子 氏 / 三重大学 人文学部 教授

三重大学 人文学部 教授 小川眞里子 氏
小川眞里子 氏

 サミット関連行事の1つとして、北海道大学女性研究者支援室主催で開催された “Sustainable Should Be Female Scientists’ Career!” July 10-12, 2008に参加する機会を与えられ、女性のキャリア継続に深くかかわる標記のテーマで発表を行った。主催校である北海道大学をはじめ地方大学が直面する困難として以下に問題提起をしたい。

 今日さまざまに少子高齢化対策が論じられているが、大学や研究所の科学技術分野もこの対策に迫られている。高度な研究人材が男性だけでは不足することを見越して、出産・育児を機に研究を諦めがちであった女性研究者を支援し、人材を確保しようというのである。これは研究分野での男女共同参画実現への一歩でもある。

 2006年度にはじまった科学技術振興調整費「女性研究者支援モデル育成」事業は、これに焦点を定めたものである。現在33機関で育児支援を中心に、理系分野への女子の進学促進など工夫を凝らした事業展開が行われている。3年の助成期間中に、各機関は女性の研究継続を可能にする環境整備を行い、制度的な道筋をつけるのが狙いである。したがって、とにかく大学や研究機関に就職できた女性研究者は、新たな支援体制によって恩恵を被るはずである。

 依然としてポスドクの就職難は続いているが、女性研究者の比率を高める努力が行われ、ポジティヴ・アクションもありうるとなれば、事態は女性ポスドクに光明かと思われる。ただしこの調整費で問題にされているのは、単身のポスドクではなく、主に既婚者である。出産・育児も研究もと言うからには、女性研究者が結婚すること、カップルを成すことを前提にしているからだ。

 米国では、早くから女性研究者が活躍し始めているが、1920年のころから「縁故雇用nepotism禁止規程」が広く適用されて、ノーベル賞を受賞するほどの優れた女性でさえ、カップルであるがゆえに憂き目をみることもあった。これは研究者側だけの問題ではなく、大学側にとっても損失だ。1947年ガーティ・コリは夫カールとともにノーベル賞を受賞し、アメリカ初の受賞女性となったが、先の規定を理由にいくつもの有名大学が彼女の雇用を見送った経緯がある。

 また原子核の殻模型の研究で1963年にノーベル賞を受賞することになったマリア・G・メイヤーも、30年近く正式な職を得ることなく夫の職場を転々とし、53歳にしてようやく正規のポストを得た。杓子(しゃくし)定規な規定の適用で彼女たちが十分に遇されなかったことは、才能の浪費と言わなければならないだろう。

 さすがに今日そうした禁止規程が前面に出ることはないが、女性研究者の数の増大は新たな問題を生じている。米国では1999年にマクニールとシャーがウェブ上で女性研究者のアンケート調査を行い、急増する「研究者同士のカップル」Dual-Career Academic Couples(以下DCAC)を「二体問題」the two body problemとしてとらえる新しい視点を示した。それまで数の少なかったDCACについては、個別の研究、すなわち創造的なカップルや破綻(たん)することになったカップルの質的研究が中心であったが、女性研究者の増加に伴いDCACの数は増し、集団としてのDCACの動態など量的問題に初めて光が当てられたのである。

 この後2006年に、スタンフォード大学のジェンダー研究拠点であるクレイマン研究所では、女性研究者が十分に活躍できるためには、DCACの問題を放置すべきでないとして、全米トップ20研究大学の約3万人の研究者を対象にアンケート調査を行った(近刊 Dual-Career Academic Couples: What Universities Need to Know(Clayman Institute, 2008))。

 こうした研究で明らかになってきたことは、女性研究者の多くは研究者と結婚しているという事実である。米国の女性数学者の80%が、女性物理学者の44%が、そして女性化学者の33%が同じ分野の男性と結婚している。これに分野は違ってもやはり研究者と結婚している女性研究者の数を加えれば相当な比率になる。

 わが国では詳しい調査はまだであるが、2001-02年に女性研究者の配偶者の職業を尋ねたものがある(図を参照)。男性研究者の結婚相手の40%以上が無職であるのに対し、女性研究者の結婚相手はほぼ100%が仕事をもち、そのうち半数は研究者であることが示されている。2004年には男女共同参画学協会連絡会が2万人規模のアンケート調査を行っているが、研究者の婚姻率を明らかにするにとどまり、配偶者の職業にまでは立ち入っていない。

 米国ではすでに研究者の3人に1人は女性である。わが国も20%程度の女性研究者比率をめざすのであれば、早晩米国が着手した問題に取り組まなくてはならないだろう。女性研究者の増加が少子化の助長にならないためにも、研究継続しつつ結婚・出産は望まれるところであり、またDCACの誕生は自然な成り行きである。一般的な傾向として女性が自分より年上の人と結婚するとすれば、DCACについてもおそらくは男性配偶者が先に就職している、あるいは就職することになるであろう。

 その結果、女性が従来の研究拠点にとどまる場合もあろうが、夫の赴任地に移ることもあろう(英語では「引きずられていく配偶者」trailing spouse)。東京のような大都会であればともかく、地方では高学歴の妻の就職は容易には見つからない。たとえ夫妻が阿吽(あうん)の呼吸で巧妙な実験的成果を挙げてきたとしても、2人の研究者を同時に雇用する力を地方大学はもたない。若い研究者のキャリアはまずは地方から始まることが多いのであるが、カップルはこうした理由から地方に出たがらない。たとえ2人就職できても、次に2人同時の転職はさらに困難である。

 女性の社会進出が進み、共働き世帯数が男性片働き世帯数を大きく上回る今日、問題はもちろんDCACに限られることではない。家族全員を引き連れてどこにでも転勤できた時代とは、根本的に働き方が異なってきている。せめて子育て期間中の単身赴任が軽減されなければならないだろう。DCACだけが特別ではないし、配偶者の雇用問題は、カップルの事情に応じた個別の問題であったのだが、近年のように女性研究者の増加をめざし、また現実に増加してくると、単に個別問題として放置しておくことは得策ではない。

 米国の大学はさまざまな方策を競い合っている。夫に付いて見知らぬ土地に引っ越してきた妻に、研究継続を可能にする近隣のポスト探しを支援するとか、本人の了解を得つつアカデミアから企業への転職を図る、あるいは一時的な非常勤ポストを設けるなどである。終身雇用の1ポストを給料半分の2ポストに分割して、子育て期の若いカップルの誘致を進める場合もある。さらには、通勤に支障をきたさない程度の地域内の大学がコンソーシアムを形成し、DCACの受け入れ態勢を整えようとしているところもある。

 現在行われている「女性研究者支援モデル育成」事業を成功させるためには、日本でも増加傾向にあると思われるDCACの実態調査をさらに踏み込んで行う必要があろう。そして雇用も、個別1人の研究者のみの雇用とは違うスタイルや工夫が求められる。女性の才能を真に活かすためには、数の増加や就職だけではもはや不十分な時代になりつつある。カップルごと頭脳流出しないためにも、一昔前の研究のためなら別居は当然という考えは、必ずしも通用しないことを見据えなければならないのである。

研究者の配偶者の職業
出典:平成13・14年度科学技術振興調整費「科学技術分野における女性研究者の能力発揮」報告書 配偶者の職業。なお男女共同参画学協会連絡会『第2回大規模アンケート調査報告書』(2008)近刊でも、同様な調査が行われたとのことである。

 北海道大学女性研究者支援室主催 “Sustainable Should Be Female Scientists’Career!”July 10-12, にお招きくださった室長の有賀早苗氏に感謝申し上げる。

三重大学 人文学部 教授 小川眞里子 氏
小川眞里子 氏
(おがわ まりこ)

小川眞里子(おがわ まりこ)氏のプロフィール
1974年東京大学大学院理学研究科科学史科学基礎論修士課程修了、78年同人文科学研究科比較文学比較文化博士課程中退。86年三重大学助教授、93年同教授。日本学術会議連携会員、お茶の水女子大学ジェンダー研究センター客員教授、科学技術振興機構社会技術研究開発センター評価委員。専門は科学史・科学論、研究テーマは、進化論の文化的基底、19世紀伝染病の社会史、科学とジェンダーなど。著書に「フェミニズムと科学/技術」(岩波書店)、「甦るダーウィン」(岩波書店)、訳書に「女性を弄ぶ博物学」(工作舎、共訳)など。

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