インタビュー

第6回「女性医療従事者に社会還元ができる環境を」(斎藤加代子 氏 / 東京女子医科大学付属遺伝子医療センター所長)

2012.04.20

斎藤加代子 氏 / 東京女子医科大学付属遺伝子医療センター所長

「遺伝カウンセリング - 患者に最適な医療目指して」

斎藤加代子 氏
斎藤加代子 氏

ゲノム(遺伝子)研究の進展とデータ処理技術の急速な進歩によって医療の世界も大きな変化が起きつつある。効果がない薬にもかかわらず、服用を続けているといった無駄をなくし、患者の遺伝子を調べて患者に合った治療を実現しようとするオーダーメイドあるいはテーラーメイド医療の重要性が叫ばれている。また、疾患の確定診断、症状が出る前の発症前診断、さらに出生前診断など、多様なゲノム医療の進歩を臨床現場に応用する必要性が高まっている。こうした動きの最先端にあるといえるのが、遺伝カウンセリングという新しい医療分野だ。日本で初めて独立の遺伝子医療センターを開設した東京女子医科大学では、年々、訪れる患者が増えている。斎藤加代子・同大学遺伝子医療センター所長に、遺伝カウンセリングが患者にどのように役立っているか、普及の妨げになっている問題点は何か、を聞いた。斎藤所長は、「解析から応用へ、そして未来への飛躍」というテーマで今秋開かれる日本人類遺伝学会第57回大会の大会長を女性として初めて務めることも決まっている。

―女性研究者支援の仕組みづくりにも力を注がれておられますが、こちらはどのような進展がありましたか。

女子医大ですから、当然、女性医師は多いのですが、結婚して子育て中の女性医師が30代に辞めてしまうことが大きな問題です。医学博士号をとる、専門医の資格を得る、さらに後輩を育てる側になるなどキャリア形成としては一番大事な時に辞めてしまうわけです。どうして辞めるかというと、多くは子どもが病気になった時の対応が難しいためです。「お子さんが病気です」と保育園から連絡があった時、もし手術中だったら中断して迎えに行かなければならない、といったことも起こり得ます。自宅で子どもが熱を出しても、患者さんを診なければならないので休めない、あるいは「早く帰らせてほしい」と言えないので、子どもを放って仕事を続けなければならない、といったこともしばしばあります。

子どもを優先すると、職場の理解がない場合には「子持ちは雇うべきではなかった」などと言われかねませんから、支援すべきはやはり保育となるわけです。それも病気になったお子さんの保育が最も必要と考え、大学の中で「病児保育」を始めました。文部科学省の科学技術振興調整費「女性研究者支援プロジェクト」に採択され、2006年にスタートしています。

病児保育は、保育士3、4名と看護師1名を雇用し、病児2名に対して保育士または看護師が1名で看るという形です。まず母親にお子さんを小児科に連れて行って診てもらい、その後で病児保育に預けてもらいます。処方せんは母親が近くの薬局に持っていきますが、薬局と提携して薬が出るまで待たなくとも薬局が病児保育室まで届けてくれるような体制を作りました。他人に病気の子どもを預けるというのは皆さん、母親として当初、葛藤があったようです。しかし、ベテランの看護師、保育士がいて、病気の回復も早く、病気しがちだったお子さんたちも病気しないようになるなどの効果も明らかになるにつれ、皆さん、安心して預けるようになりました。

3年間、国の委託という形でやってきましたが、大学として続けることになり、女性医師・研究者支援センターができました。私がセンター長をしています。公衆衛生学の講師が学内の女性にアンケートしたところ、やはり普通の保育所がやっていない病児保育と夜間保育の希望が多いことが分かりました。現在、病児保育、準夜保育、泊まり保育もやっています。

―1日平均何人くらいのお子さんを預かっているのですか。

定員25人にしているのですが、今30人を超えています。昔は4月になると数人に減って、新しいお子さんを引き受けることが容易にできました。ところが今は4月になっても、10数人にしか減りません。病気になれば別室で見てくれるし、授乳はできるし、ここにずっと置きたいという気持ちは分かりますが、待機児保育としての院内保育所のみに頼るのではなく、地元の認可保育所が子どもたちを受け入れる体制を整えるべきであると思います。

―研究者本人に対する支援ということでは、どのようなことをされていますか。

同じ「女性研究者支援プロジェクト」で、最初はワークシェアとフレックスタイムを併用して数人ずつ支援していました。相棒がいないとできないワークシェアというのは難しいことが分かり、今はフレックスタイムだけにしています。そもそもフレックスタイムというのも、それまで大学病院では考えられなかったような制度です。医師は裁量労働制なので、当直代はつきますが残業代はつきません。午後8時過ぎまでいるのは当たり前というのが実態です。9時から17時までの勤務にしてほしいというのが短時間勤務、フレックスタイムとさえ言えます。しかし、9-17時より短い勤務でよい、その代り、望むなら日曜日の勤務もよいということで「女性研究者支援プロジェクト」が終了した後も続けています。

新たな資金が必要になりましたので現在、同窓会にお願いしています。後輩たちを育てるための基金に協力してほしい、と。さらに学生のご両親にも寄付をお願いし、数千万円が集まり、そこから年間2人程度にフレックスタイムの給与と研究資金を出しています。1人3年まで延長は可能で、それ以後は常勤の医師として現場に復職してまた頑張ってください、という制度です。

―先日、文部科学省が「『周産期医療に関わる専門的スタッフの養成』の中間評価結果」PDFを発表しました。この人材育成プロジェクトに採択された18大学のうち、東京女子医大の評価はAで、その中で「ファミリーサポート」というユニークな支援策が高い評価を得ていましたね。

この支援策は、自分がどうしても手が離せない時などに、保育園で具合が悪くなった子どもを迎えに行ったり、ピアノなどの稽古に通う子どもの送り迎えをしてほしいといったサポートを頼む人と、それを引き受ける人から成る会員組織をつくりあげることです。サポートを求める側の「依頼会員」は、女性医師だけでなく、全ての女性職員としました。頼まれる側の「提供会員」は、子育ての経験がある父母会の方に加え、近隣の方々にもなっていただいています。依頼会員と提供会員をうまくマッチングさせて、送り迎え、親が帰るまで家で一緒に遊んでもらうといったサポートを提供会員にしていただくのです。

提供会員は子育ての経験がある方たちですが、講習があります。子どもの食事、感染症から救急蘇生などのリスクマネジメントなど、カルチャーセンターみたいに講師がきちんと教え、これらの単位をとらないと会員になれません。それでも、「何か女子医大のためになりたい」という方がおられるので助かっています。今1回の講習に15-20人の方が見えられます。父母が5、6人で残りは近隣の方たちです。孫ができた時のための練習だとか、娘と同じところで勉強できてよいなど、皆さん楽しくやっていただいております。

5年間のプロジェクトで、最初の2年間は子どもを見てくださる方の講習など、準備をきちんとやりました。3年目の2011年度から実際にサポートをしていただいております。実は、こうしたサポートをしているところはそれぞれの地域にもあります。新宿区で経験のある方が、女子医大の提供会員にもなっていただいたりしています。謝礼はベビーシッターより安い料金に設定させていただいていますが、とてもうまくいっています。

―女性医師に限らず、女性が活躍しやすい環境をつくることは、日本にとって最優先の課題と思われます。最後に、女性の医療従事者に対する支援が広く社会に広がるために、今後、どのようなことが必要とされているかについて、一言お願いします。

女性の医療従事者が直面する問題として、子育てだけでなく、不妊症の治療や自身の健康上のトラブルさらに介護など、さまざまなことがあります。細やかなニーズに柔軟に対応してサポートできる体制づくりが必要です。医師不足に対する最も早く効果的な方法は「女性医師を辞めさせず活躍できる環境整備だ」とさえ言えます。一方で、「厳しい時期にも医学研究、医療を継続する」という各人のモチベーションの維持、当事者である女性医療従事者自身が自己を磨く意識を高め、医学・医療を通して社会への貢献と還元をしていく自覚が、本当の意味の男女共同参画の実現には重要だと思います。

(完)

斎藤加代子 氏
(さいとう かよこ)
斎藤加代子 氏
(さいとう かよこ)

斎藤加代子(さいとう かよこ)氏のプロフィール
福島県須賀川市生まれ。雙葉学園高校卒。1976年東京女子医科大学卒、80年同大学院医学研究科内科系小児科学修了。東京女子医科大学小児科助手、同講師、助教授などを経て99年小児科教授。2001年大学院先端生命医科学系専攻遺伝子医学分野教授、04年から同教授と兼務で現職。09年から男女共同参画推進局女性医師・研究者支援センター長、10年から統合医科学研究所副所長・研究部門長、11年から図書館長をそれぞれ兼任。専門は遺伝医学、遺伝子医療、小児科学、小児神経学。医師に必要とされる患者との接し方など人間関係教育や医学部卒前教育にも深く関わってきた。

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