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基礎科学と女性登用にもっと関心を(河野(平田)典子 氏 / 日本大学 理工学部数学科 教授)

2009.03.11

河野(平田)典子 氏 / 日本大学 理工学部数学科 教授

日本大学 理工学部数学科 教授 河野(平田)典子 氏
河野(平田)典子 氏

 2008年文部科学省科学技術政策研究所「ナイスステップな研究者」に選んでいただきました。サイエンスポータルで述べる機会が得られましたので、数学者として、また女性研究者として、常々考えていることを個条書きに述べさせていただきます。

理論系の研究分野における若い人材の枯渇について

 いまの日本の大学や研究期間では任期付き研究者が増えて、若くて優秀な研究者が悲惨な状況におかれています。競争原理も大切でしょうが、任期付き研究者のポジションばかりが相対的に増えるのは、特に理論系や基礎科学の分野においては百害あって一利無しです。

 数学のようにゆっくり進展する科学分野では、論文を多産する学者が立派であるとは限りません。本数は少なくとも素晴らしい内容を持つ論文として実を結ぶような研究には、若いうちにこそ取りかからなければ、人生において一体いつ試みるのだ、と言いたくなります。うまく行って10年位でようやく一本の論文が書けるような研究対象もあり、任期付き研究者にはそもそも無理ですが、しかし若くないと出来ない事もあります。野心的な試みと、任期付きポジションにありつくための行動とは、原理的に矛盾します。

 かつての大学のポジションのように、本当に優秀な人については少人数に限ってでも良いから、いきなりパーマネントの任期無しポジションを提供できるような制度が強く望まれます。優秀な若い人が先輩たちの苦労を見て、研究をやめたり海外に流出することが、既に始まってしまっています。目利きの学者が責任をもって最初から若手にテニュアをとらせることも必要と思います。リスクはありましょうが、日本の誇る基礎科学の枯渇よりはずっとマシです。

業績の評価について

 論文の客観的評価について被引用件数などを用いることには必ずしも賛成できません。数学では優れた業績が出版されると、すぐにその解説のための論文や教科書が執筆されるので、わかりやすい教科書などの方を引用してしまい、原論文は引用されない場合も少なくありません。このように数学では被引用件数は全く価値のない指標と言えます。そして、数学という科学の根幹を担う重要分野で正しいことは、そもそも分野間の領域の違いを明確にする線引きが不可能な場合の多い現代の科学においては、他分野でも通用することも多かろうと推察されます。論文の本数も、アクティビティとの正の相関関係は多少はありましょうが、絶対ではないということは上述の通りです。

女性研究者の登用について

 日本は諸外国にくらべて、女性研究者の登用が大変遅れています。これは研究者に限らず官僚や企業でも同様とは思われますが、特に研究者について遅れが見られるのは、業績本位であるべき人事が、基本的に普段の学者間の交流に依存する「思いつき」であるからであろうと推察されます。私の周りの人事でも「今回は女性を」という特別の気運が多少なりとでも無い場合は、女性の候補者の名前が挙がることは決して無いようです。女子大学ですら、男性中心の人事が目立つように思われます。目利き学者が、女性に限らずマイノリティにも丁寧に目を向けてほしいのですが、まだまだそうなっていませんね。

 これからも、諸外国並に女性研究者の登用が進んだと判断されるまで、女性研究者の積極的登用を目指すポジティブアクションに対する効果的な施策の提唱、予算付けや諸活動を、政府や学術団体にはぜひともお願いしたく存じます。

 大学人はいま大変忙しい職種になりつつあります。夜遅くまで雑用で追いまくられないとやってゆけないような風潮は、特に数学者のように一人で静かに考えなければ何の新しさをも創れない学者にとって致命傷です。大学の教室雑務や校務におけるきめ細かい配慮も得意で、大量の雑事をテキパキと理論的に処理してゆける賢い女性、そしてなおかつじっくりと学問での野心的な創成を目指す勇気ある女性は私の周りには大勢います。

 ある集団に将来性や先見性があるか否か。それは、そこに属する女性たちが元気であるかどうかで、簡単に測定できるのかもしれません。レディスパワーは人の集団の魅力と熱心さの判定条件であり、自己改革をかろやかに実行する姿勢を示す、シンプルな表現の一つではないかという気がします。

 経済協力開発機構(OECD)が2008年版の日本の情勢をまとめた「日本ノート」において、次のような苦言が日本に呈されたという記事があることを、教えていただきました(2008年7月2日付共同通信発)。「日本では25−54歳の女性の就業率が67.4%、男性の就業率が93.0%で、男女間の格差が大きい。しかし大学などの高等教育を受けた女性の割合は42.5%で、OECD加盟国平均の28.5%を大きく上回っている。日本女性は男性と同等の高い教育を受けているにもかかわらず、就業率が極めて低く、学歴の高い人材の浪費である」

 日本の女の人ほど、「もったいない使われ方」をしている資産は無いわけです。

女性研究者の旧姓使用について

 日本では婚姻の際に女性の方が改姓するケースが圧倒的に多いですが、学術的な通称を変えたくないなどの理由で女性研究者や女性教員らが旧姓使用を希望する場合でも、それを認めたがらない大学や研究期間、学校がいまだにわが国には大多数です。教務のレベルで旧姓使用が認められた場合でも、税金、健康保険、年金、パスポート、給与の振り込み口座などにおける姓の不一致による不都合については、枚挙にいとまがありません。それなら論文や主要業績をすべて夫の姓により出版すれば良いだろう、という意見は、発見者の氏名が何であるかがそのままプライオリティの重要性につながる現代の科学領域の根幹ルールを、全面的に否定するようなものであります。希望すれば旧姓使用が可能になるような法整備は、今後の重要な課題と思われます。

官僚に理系を

 最後に付け加えたいのは、日本の学術活動を支える官僚にもっと理系の人材を入れてほしいということです。政治家にも外国では大勢の理系出身者がいます。日本の官僚のトップが法学部出身ばかりという現象は、学者と官僚のあつれきに起因する無駄な時間の喪失を導くような気がしてなりません。理科離れが叫ばれて久しいですが、理科や数学において能力を発揮できる人材がいじめられるような世の中の傾向には、危機を感じます。まずトップ官僚から理系文系の人数を同じ地位に半分ずつにしていただきたく思います。

 以上、拙い文章を連ねました。これを読んで下さっておられる皆さまが、ぜひとも数学などの基礎科学の発展や、女性登用などに関心を持って下されば、私はどんなにうれしいことでしょう。

日本大学 理工学部数学科 教授 河野(平田)典子 氏
河野(平田)典子 氏
(こうの(ひらた) のりこ)

河野(平田)典子(こうの(ひらた) のりこ)氏のプロフィール
1979年お茶の水女子大学理学部数学科卒、1989 年パリ 第6大学大学院理学研究科博士課程数学専攻修了、 Ph.D.取得,91年東北大学 理学博士号取得、奈良女子大学理学部助手、東京工業大学理学部助手、日本大学理工学部講師を経て2002年から現職。1999年IHES高等科学研究所客員研究員、2003年パリ第六大学客員教授。2004年日本数学会男女共同参画社会推進委員会初代委員長、2008年日本大学男女研究者共同参画専門部会女性研究者支援推進初代ユニット長。こうした男女共同参画、女性研究者支援、女子学生に対する教育活動への貢献に対して、科学技術政策研究所の2008年「ナイスステップな研究者」の1人に選ばれた。

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