オピニオン

女性研究者の活力を生かす(大坪久子 氏 / 東京大学 分子細胞生物学研究所 講師)

2008.09.17

大坪久子 氏 / 東京大学 分子細胞生物学研究所 講師

東京大学 分子細胞生物学研究所 講師 大坪久子 氏
大坪久子 氏

 男女共同参画学協会連絡会(以下、「連絡会」という。)は、理工系分野の男女共同参画を進めるために2002年10月に設立された団体である。現在は67の学協会が加盟している(加盟学協会会員総数約48万人、女性会員約3万人、同比率約7%)。連絡会では、2007年8月から11月にかけて、2回目の大規模WEBアンケート調査「科学技術系専門職における男女共同参画実態の大規模調査」を行い、14,000人以上の会員から回答を得た。7月末に報告書「科学技術系専門職における男女共同参画実態の大規模調査」がホームページに公開された。

 報告書では、現在の理工系分野における女性研究者・技術者が抱える多様な問題、例えば、仕事と家庭の両立や育児後の復帰の困難さ、地位・年収、研究開発費、部下数など、いまだ存在する男性との処遇差、男性に比べてより少ない子どもの数などが、統計データに基づいて浮き彫りになっている。その内容は、8月13日付読売新聞、9月8日付朝日新聞でも取り上げられた。

 連絡会では、アンケートの統計的データや自由記述回答に基づいて、女性研究者支援拡充の要望を取りまとめ、来年度予算に反映されるよう、7月以降関係各府省や諸機関に対して 要望活動を続けている

 アンケート報告の中でも、特に自由記述回答から見えてくる理工系研究者・技術者の現在の意識を紹介したい。寄せられた記述回答の内容は多岐にわたっていたが、その抜粋はアンケート報告書第6章にまとめられている。ここではそのうちのいくつかを取り上げる。

 まず数の多さで目に付いたのが、「雇用の安定性と継続性」を求める記述で、総記述回答数 2,875件のうち、12%(334件)を占めた。その6割が30代から寄せられたことからも、この問題が現在の若手研究者にとって極めて切実であることがわかる。

 20代後半から30代の女性では「子供を持ちたいが、任期付き職の繰り返しで産休・育休を取りづらい」、「出産のためには退職せざるを得ない」、「任期付き職でも出産と育児が可能な社会保障制度の整備を望む」などの記述が多い。これは決して女性だけの声ではない。40代では、女性の場合、家庭との両立の困難さから、非常勤職、在宅勤務が可能な職、他業種など、より子育てしやすい職場環境を求め、転業を余儀なくされる例も出てくる。

 また、女性の働き方が多様化する一方で、20代から40代までの男女ともに、ポスドク後の常勤職の増設を望む声が多い(記述回答者総数の5.5%、計288人)。報告書の統計データにおいても、男女共同参画に必要なこととして、「任期制撤廃」を挙げた人数が「任期制導入」を挙げた人数を上回っており、4年前の第1回調査とは逆転した結果が得られている。

 次いで多かったのが「意識改革」、中でも上司の意識改革を望む声であった(30代から50代)。上司が部下(男女いずれも)の子育てに理解があるか否かで、両立が可能にも不可能にもなるという指摘が多い。報告書の数値データにおいても、ポスドク世代とその上司の間で特に認識が大きく違う点として、「年齢制限」、「ポスドクの給与格差」「育児休業の取りにくさ」などが挙げられている。これらの項目については、男性上司と女性ポスドクの間の認識の「ずれ」が特に大きいことを、男性PI(Principal Investigator、研究室・チームの主宰者)にはぜひ知っていただきたいと思う。

 では、家族を持った研究者は具体的にはどのような問題を抱えているのか? 乳児保育、病児保育、病後児保育、学童保育などといった社会的なインフラ整備と拡充を要望する声は言うまでもなくある。だが、特に目立ったのは、「長時間勤務」と「家族の別居」の問題で、この二つは、現在の子育て世代には特に、両立を阻む大きな要因としてとらえられている。

 子育て世帯の多くが核家族であることを反映して、男性の長時間勤務が女性の研究と育児の両立を困難にしているという声は、男女双方から出ている。報告書の統計データにおいても、未就学児を持つ女性研究者の在職場時間は、同じ条件の男性研究者に比べて、一週間あたり平均13.4時間も短くなっている。一方、家事時間は一日平均4.6時間もあり、依然として女性に家事・育児の負担がかかっている現実が浮き彫りになった。この現実が、希望の子どもの数は2-3人であるにもかかわらず、30代の女性研究者に「産み控え」をもたらし「少子化」の要因となっていると考えられる。

 ただ30代男性の中に、「女性の社会進出は、男性の家庭進出とセットであるべき」、「夕食を家族で囲める環境を」、「男性も育児に携わりたい」といった意見が目立つことは、明らかに子育て世代の男性の意識の変化を示している。将来に対する希望につながると言えよう。

 このように、ワーク・ライフ・バランス(仕事と生活の調和)の必要性は男性にも自分の問題として浸透しつつあると思われるが、研究・開発の現場では、いまだ「総論賛成・各論反対」というのが現状であろう。研究や仕事の質と量を維持しつつ、ワーク・ライフ・バランスの実現を目指すためにも、現在進行中の科学技術振興調整費「女性研究者支援モデル事業」の成果は重要である。現在、33機関で試行されている各種取り組みに対して、厳密な評価がなされた上でさらなる展開が期待される。

 さらに、7月14日のこの欄で 三重大学の小川眞里子先生が述べられた ように、今回の連絡会の調査で、女性研究者の配偶者の67%が研究者・技術者であることが明らかになった。必定、キャリア形成のために数年にわたって家族が別居を余儀なくされる例は珍しくない。

 一方で、高い流動性が期待されるポスドクに対しては、同居支援制度の整備を望む声は多い。毎年全国の10の大学(とその周辺地区)で3-5組のカップルを5年間雇用するのに、どのくらいの予算がかかるだろうか。「同居支援制度の整備」は優れた若手人材を招聘(しょうへい)・確保したい地方の大学にとっても有効に働くと考えられる。モデル事業としての実行可能性や実現可能性の検討を期待したい。

 記述回答の中で、「年齢制限緩和」の要望は特に30代半ばから40代前半の女性に多い。子育てにかかわっている場合、あるいは、一度社会に出た後に大学院に戻ってキャリアアップを志す場合、いや応なく各種公募の年齢制限に掛かることが多い。ただ一方で、年齢制限の無制限な緩和に疑問を呈する声は研究者自身の中にもある。ポスドクに代表される任期付き職はあくまでもキャリア形成途上のトレーニング期間であり、決して職業としての最終ゴールではないからである。今回の調査結果の中に、40代以降で、ポスドクの女性比率が急上昇するという数値データがあった。多様性のある働き方のメニューを拡大すれば、この傾向は今後も進む可能性があるが、40代以降でも任期付き職を繰り返してゆくことの是非については、評価は分かれるところであろう。

 さて、この夏の要望活動の間に、われわれは各方面から「現行のモデル事業のような基盤整備だけで、果たして女性の研究リーダーが育つのか?」という質問を受けた。私が特に気にかけているのは、日本学術振興会の特別研究員-RPDフェローの将来である。RPD制度は優れた若手研究者が、出産・育児による研究中断後に円滑に研究現場に「復帰」できるための支援制度である。2年前からスタートし、若手研究者にもPIにも好評で、女子学生・院生にも期待が高い評判の良い施策である(連絡会要望書・参考資料参照)。ただし、出産・育児を経ているために、その平均年齢が約38歳程度とかなり高い。分野にもよるが、5-10倍の高い競争を経て選ばれており、将来リーダーとなる可能性を秘めた人材群といえよう。

 一方、科学技術振興調整費で進められている若手研究者の自立的環境整備促進事業(テニュアトラック制度)で採用される研究者は平均年齢がおおむね33歳前後である(北海道大学の例)。この約5歳の年齢差が、RPDフェローの「PIへの道」を阻害しないように配慮いただきたいと切に願う。また、彼らが2年間のRPDフェローの任期のあとに、キャリア形成上、足踏みやステップダウンをしなくてもよいように、例えば、「ジュニアさきがけ」のような小型の自立型研究費制度が創設されることを願っている。

 女性研究者がキャリアを継続し、リーダーとして育っていくためには、目の前の困難を乗り切るための基盤整備と同時に、意識改革やメンター制度、昇進・採用にあたっての評価制度も含めて、いわゆる「ガラスの天井」を超えて上位職に食い込むための組織的なサポート体制が重要である。同時に、女性研究者自身が自分はどのようなリーダーになりたいのか、常に問い続けることも重要であろう。

 去る9月4日に開催された日本遺伝学会第80回大会の男女共同参画ワークショップで、オックスフォード大学のJudith Armitage教授が述べられた「リーダーとはdominate(支配)する者ではなく、negotiate(交渉)できる者、support(支援)できる者である」というリーダー論は参加者に深い感銘を与えた。 negotiateするにも、supportするにも、優れたコミュニケーション能力が必要とされるが、それは本来、女性の得意とするところである。次代の研究者を育てる名伯楽を増やすためにも、女性の教授は増えてしかるべきである。その結果もたらされる多様性が、必ずや創造的な未来につながるはずである。まずは息の長い女性研究者支援事業の展開が望まれる。

東京大学 分子細胞生物学研究所 講師 大坪久子 氏
大坪久子 氏
(おおつぼ ひさこ)

大坪久子(おおつぼ ひさこ)氏のプロフィール
1968年九州大学薬学部卒、70年九州大学大学院薬学研究科修士課程修了、1970年代から80年代の9年間、ニューヨーク州立大学ストーニーブルック校で、米国立衛生研究所(NIH)博士研究員(ポスドク)、Research Assistant Professor。96年から現職。薬学博士。専門は転移性遺伝因子(トランスポゾン)によるゲノム動態とその進化。企画書に「実験医学 Vol.25『ゲノム上を動く遺伝子、トランスポゾン-エピジェネテイックス・クロマチン動態との関連性から発生・生殖を司る機能まで-』」(羊土社)など。北海道大学女性研究者支援室客員教授。男女共同参画学協会連絡会運営委員。学協会連絡会大規模アンケートの解析とそれに基づく提言作成メンバー(提言小委員会委員長)。

ページトップへ