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“一元的”なリスク管理と危機対応とは

2011.12.26

 日本は国としての一元的なリスク管理機能を持ち、危機対応する仕組みを整備すべきだ——。東日本大震災や福島第一原発事故を反省として、こんな提言(案)が科学技術振興機構(JST)のシンポジウム「社会の安全保障と科学技術」(12月8日都内で開催)で示された。

 安全な社会への科学技術の役割をテーマに、JST広報ポータル部が広聴活動の一環として今年度設けた「社会の安全保障と科学技術に関する検討会」(座長・阿部博之・JST顧問、外部識者7人を含むメンバー12人)がまとめたものだ。

 提言は〈1〉国の存立や国民の健康などに関わるリスクを一元的に管理する機能を持つべきである〈2〉突発的な危機に対して直ちに一元的に対応する仕組みを整備すべきである〈3〉リスク管理や危機時の合理的な意志決定に科学技術的知識が不可欠であることを再認識すべきである〈5〉科学技術者や科学技術コミュニティのあり方を再点検すべきである——の5つ。

 実は、このテーマ(安全な社会と科学技術)については、以前から国の科学技術政策の中でも取り上げられていた。特に2001年9月11日の米国同時多発テロ事件以降は、「安全・安心な社会」を築くための戦略的研究開発の目標や課題が論議され、いくつかの報告書で提言もなされてきた(図)。

安全・安心科学技術に関する流れ

 その中でも、今回の大震災や原発事故が起きてしまった現在、あらためて読んでみて秀逸なのは『「安全・安心な社会の構築に資する科学技術政策に関する懇談会」報告書』(2004年4月)だ。同懇談会(座長の中島尚正・東京大学名誉教授らメンバー14人)は文部科学省科学技術・学術政策局が2003年4月に設置し、20回の会合を重ねて同報告書をまとめ上げた。

 同報告書は「安全・安心を脅かす要因」として「犯罪・テロ」「事故」「災害」「戦争」「サイバー空間の問題(コンピュータ犯罪や障害)」「健康問題(感染症や医療事故など)」「食品問題(食中毒や残留農薬など)」「社会生活上の問題(教育、社会保障、老後生活など)」「経済問題」「政治・行政の問題」「環境・エネルギー問題」を挙げ、この中から17項目を科学技術政策として対応すべき検討課題に選んだ。この課題に地震・津波災害などのほか、「原子力発電所の事故」を明記し、取り上げたことが注目される。

 ところが「原発事故」の記載はその後、06年6月に総合科学技術会議が出した『安全に資する科学技術推進戦略』の「7つの危機事態」における「重大事故」からはずされ、『安全・安心科学技術に関する研究開発の推進方策について』(06年7月、科学技術・学術審議会研究計画・評価分科会「安全・安心科学技術委員会」編)などの報告書からも消えてしまった。

 今回の福島第一原発事故を受けて、「第4期(2012-17年度)科学技術基本計画」(8月閣議決定)は、「わが国のリスクマネジメントと危機管理に不備があったことが明らかとなり、原子力技術に対する不安、不信を生むことになった」と指摘し、3期15年間のこれまでの科学技術政策についても「経済や教育、防災、外交、安全保障、国際協力等の重要政策との有機的連携が希薄なまま、主として科学技術の振興政策として推進されてきた面が否めない」と反省している。

 しかし、あの時に「原発事故」を「重大事故」として想定していれば…といった問題ではない。重大なのは、今回の大震災と原発事故が「複合災害」をもたらした点だ。原発事故自体が複数の原子炉で起きたことのほか、さらに前記『懇談会報告書』の示す「安全・安心を脅かす要因」が、「戦争」を除いて一気に発生したことは見過ごせない。「テロ」についても今後、原子力施設が標的になりうることを世界に明らかにしてしまったのだ。

 こうした複合的な危機事態の起こり方を想定した報告書や提言などは、少なくともシビリアンレベルでは見当たらない。いずれも個別の危機事態を想定してのリスクマネジメントや危機管理、あるいは危機対応の機関、科学技術の総合コーディネート機能などの必要性を述べているだけだ。

 こうした事態や反省を踏まえて、JSTの「検討会」の提言案では、今後も起こりうる複合的な危機事態に対して「一元的」にリスクを管理し、危機に対応する仕組みや機能を国に求めている点が特徴だ。理想としているのは米国の国土安全保障省(DHS)のような組織の設立だが、「検討会」ではシンポ来場者らの意見も参考にしながら、さらに内容や表現を検討した上で今年度内には提言をまとめ、国や政府などの関係機関に示すことにしている。

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