レポート

「直面する社会の危機に科学技術はどう安全を保障していけるか」

2011.12.19

優美(SciencePortal特派員) / 成田

 「社会の安全保障と科学技術」をテーマに、科学技術振興機構(JST)によるシンポジウムが12月8日、都内のコクヨホールで開催された。JSTの中村道治理事長は、「大規模な震災だけでなく、パンデミックやサイバーテロほかグローバルな世界で波及する脅威に対して、科学技術がどのように寄与していくか議論」など趣旨を述べ、開会のあいさつとした。

 最初にノーマン・ニューライター氏が特別講演「アメリカにおける社会の安全保障と科学技術」を行った。ニューライター氏は、米科学技術振興協会(AAAS)科学技術安全保障政策センター上級顧問の要職にある。米国ではテロが自然災害よりも社会に影響を与え、依然大きな懸念事項であり、迅速にさまざまな対策がとられてきたことが分かった。日本のオウム真理教(現アーレフ)による地下鉄サリン事件(1997年)にも触れた。日本では犯罪行為と見なされたが、意図的な行為、米国ではこれをテロというと断じた。

特別講演するノーマン・ニューライター氏
特別講演するノーマン・ニューライター氏

 米科学アカデミー発行の書籍「Making the Nation Safer  The Role of Science and Technology in Countering Terrorism」の意義や事故や災害で専門性を発揮した科学者の事例も紹介された。米国では主に運輸保安局(TSA)、国土安全保障省(DHS)連邦緊急事態管理庁(FEMA)が安全保障を担うが、それでも万全ではないと語る。DHSは20万人規模の巨大組織で、科学技術は上級のポジションで高い認知を受けているそうだ。

 続いての基調講演は、野村総合研究所顧問の増田寛也氏の「社会の安全保障と国・自治体の役割 〜東日本大震災の経験を踏まえて〜」。総務大臣、岩手県知事を務めた経験を持つ氏は、被災地の実情と風評被害を伴う複合的な危機に対応する行政のありかたを分析した。当時ガソリンと医薬品の調達に苦労するなか、政府の対処は福島原子力発電所事故が占め、20を超える対策組織が乱立、分散型で情報がうまく伝わらなかったという。

基調講演する増田寛也氏
基調講演する増田寛也氏

 また大槌町のように役場の職員が多数犠牲になり、町としての機能が失われた場合や、自動車が流された後、車庫証明のために書類が必要なことなどを挙げ、非常時ルール、超法規的ルールの検討を喚起した。さらにガレキ処理は環境省、仮設住宅は厚労省という所管についても、実務の知見を備えている土木部すなわち国土交通省が適任では、との見解を示した。

 休憩後、パネルディスカッション「様々な危機から社会の安全を実現するために」が始まった。6人の専門家がそれぞれ都市防災、感染症、食糧、情報通信、サイバーセキュリティ、希少資源について情報提供した。モデレータは古川雅士氏(JST広報ポータル部)。

 まず岩田孝仁氏は静岡県の危機管理部 危機報道監として、防災対策を最重要課題としている。同県の直下に巨大地震の震源地が存在すると指摘されて以来、特に急速な津波による被害を軽減するために、さまざまな地震対策が進められてきた。しかし時がたつにつれ、新たな課題も顕在化しているそうだ。少子高齢化で防災訓練に若い人の参加が少ない。高齢者が住む古い家屋の耐震化の遅れ。それに社会の基幹的インフラの高経年化による例えば水道管の破断事故など。支援し合える地域社会を築くための自助・共助・公助の方策を具体的に述べた。最後に「命を助ける科学技術であれ」と3つの期待を寄せた。安全な住宅を例とする予防、野戦病院的な災害時の救急医療、そして確率ではなく決定的予測を目指す地震予知である。

 国際医療福祉大学の教授、倉田毅氏は、感染症の実例と対応に始まり、世界保健機関(WHO)重要感染症根絶計画を説明、日本国内のエイズ対応と予防教育に苦言を呈した。感染症に取り組む人材育成については修羅場で鍛えること、世界の情報を瞬時に収集できることが重要と力説した。

 柴田明夫氏は資源・食糧問題研究所の代表だが、商社で長年調査研究にあたってきた。豊富な統計データを駆使して、食糧問題が楽観視できないことを十数項目にわたって論証していった。世界の農業生産、エネルギーや水、穀物を主とする市場経済、人口増と消費、遺伝子組み換えや生物多様性の危機など多岐にわたって問題が明らかにされていく。特に中国の動向は影響が大きいようだ。今後日本は真剣に食糧の安全保障に取り組む必要性があること、日本国内の水田の保全、農業の多面的機能の復活を訴えた。

 みずほ情報総研シニアマネージャーの多田浩之氏は、「危機管理の本質は最悪の事態の想定。基本的に戦場と同じで、何が起こるか分からない」とし、情報通信は危機管理の生命線であり、両者をセットで研究する重要性を説く。多田氏は東日本大震災における非常時情報通信(ETS)の課題や国としての研究開発の必要性、災害救援通信(TDR)やリアルタイム緊急時情報統合・共有・配信システム(REISAC)を概説し、意思決定と情報の見える化を提唱した。

 名和利男氏はサイバーディフェンス研究所の上席分析官で自衛隊のプログラム管理の経験を有する。この分野は専門用語が多いので、サイバー攻撃のからくりや仕組みを分かりやすい図にして理解を助けた。サイバー攻撃は秘密裏に段階を踏んでウィルス感染させるものと、世界中の不特定多数のインターネットユーザーのパソコンを使って行うものに大別されるらしい。最近は巧妙かつ執拗(しつよう)な攻撃が日本各地で発生とのこと。世界的には救急車の配車のような制御システムの不具合が報告されているそうで、日本の対応の遅れが指摘された。

 物質・材料研究機構 元素戦略統括グループ長の原田幸明氏はレアメタルを中心に価格の上昇、世界的な資源の流れの変化を詳細に示し、資源問題が切迫していることを訴えた。日本は世界に先駆け良質の工業素材を供給してきた。ところが東日本大震災以後サプライチェーンの一部が途切れたことから、世界の需給傾向が変わり、日本のものづくりは厳しい状況になったそうだ。しかも中国の戦略的な行動、世界の工場を巡る競争、爆発的需要増、限られた資源、進む寡占のはざまにある。原田氏によると、いまある資源をどううまく使うか方向性を出していくことに日本の科学技術の役割があるという。

 パネリストの話が一巡して、「社会の安全保障と科学技術」の観点からJSTが取り組んでいる「提言」をまとめるため、ディスカッションに移った。鳥井弘之JST事業主幹がその骨子案を狙いや背景をあわせて紹介した。シンポジウムの議論と会場アンケートを踏まえて最終提言とする方針だ。(以下はパネリストの発言の一部を要約、順不同)

 情報の4つの仕組み「収集、共有、分析、伝達」 を一元化。リスクは多様化・相互連関しており、専門家が自由に柔軟に情報や意見を言える場の設定を。経験のない社会で人材育成は難しく科学技術でどう補えるか。科学的な知識だけではなく現場対応力を。医療の臨床研究のように臨床技術というものがあり、現実の問題に対応していければ。業績評価法の見直しを。サイバー空間の脅威はコンピュータ制御のビルなど身近になっている。

 会場から質問が相次ぎ、米国海軍省のリサーチに関わる米国の大学教授は、防衛省(自衛隊)に科学技術研究費などのサポートがないようだが、と疑問を投げかけた。

 引き続きコメンテーターの白石隆氏(政策研究大学院大学 学長、総合科学技術会議 議員)が「安全・安心に代わってリスク・危機対応という言葉の定着を。日本の政策形成のシステムが分散型であることを踏まえて、実際に活かせるような提言をお願いしたい」など講評した。

 最後に、阿部博之JST顧問(前総合科学技術会議議員)が最終提言に向けて論点の集約と整理、確認を行い提示した。安全保障という点とそれに関わる安全文化について踏み込んだ議論が行われたことを高く評価、結びに次の3点を要望した(以下要旨)。

  1. 最終提言は、全体をユニークボイス(統一した意見)的に作り、政界などに持参し説明する。
  2. 海外に向けて、できれば英文版もあわせて発行する
  3. 提言の発信後、1、2年後でもどうなったかフォローアップする

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