レポート

シリーズ「日本の安全と科学技術」ー 「国家的危機における非常時情報通信の課題と今後の研究開発の方向性」第4回「グローバルレベルでの「人間の安全保障」」

2011.11.25

多田浩之 氏 / みずほ情報総研 環境・資源エネルギー部 シニアマネージャー

リアルタイム緊急時情報統合・共有・配信システム「REISAC」

多田浩之 氏 みずほ情報総研 環境・資源エネルギー部 シニアマネージャー
多田浩之 氏(みずほ情報総研 環境・資源エネルギー部 シニアマネージャー)

 次に、非常時情報通信に関連して、私が研究開発として取り組んだ「リアルタイム緊急時情報統合・共有・配信システム(REISAC:Real Time Emergency Information Integration, Sharing And Communication System)」について説明します。

 「REISAC」は、科学技術振興機構社会技術研究開発センターによる「情報と社会」研究開発領域・計画型研究開発「高度情報社会の脆弱性の解明と解決」における、「非常時情報通信システムワーキンググループ」(リーダー:大野浩之・金沢大学教授)の研究の一環として開発したものです(注)

(注)「REISAC」の開発に当たっては、共同研究者であるオーアイシー株式会社の小澤益夫氏にご協力いただきました。

 そもそも、私としては、同時多発テロのように、現場が非常に混乱するような中での緊急の応急対応を必要とするような災害が起きた際に、各方面から収集した情報(デジタル写真、モニタリングデータ、位置情報等を含む)をもとに、マップ・航空写真上で被災状況を「見える化」し、そのような情報を関係機関間で迅速に共有することで、応急対応についてビジュアルに意思決定を支援することができるようなシステム(防災・危機管理の見える化システム)の必要性を考えていました。これを具体的にイメージしてみようと考えたのが、「REISAC」に関する研究開発の始まりでした。

 「REISAC」は、Webクライアント・サーバー型の情報編集・共有・配信環境であり、デジタルマップ・航空写真上で各種情報を迅速に統合編集し、それらをインターネット上で配信することにより、関係機関間でそれらの情報を準リアルタイムで共有することができます。インターネット上で、ギガ相当の画像情報を高速配信することができ、デジタルマップや航空写真などの高精度画像上での高速スクローニングやズームイン・アウトすることもできます。この意味で「REISAC」は、関係機関が「インターネット上で、同期あるいは非同期で、事態の状況把握、情報共有・確認、意思決定、指示、連絡などを行うことを支援する環境」ということもできます。

リアルタイム緊急時情報統合・共有・配信システム(REISAC)
参考:リアルタイム緊急時情報統合・共有・配信システム(REISAC)

非常時情報通信システムとしての「REISAC」の特徴

 「REISAC」の機能上の特徴は、(1)災害対策本部において、状況把握や応急対応の意思決定のために収集した各種のビジュアルな情報を迅速に統合編集する、(2)災害対策本部から現場で応急対応に当たるファーストリスポンダーに対して、航空写真・デジタルマップ画面上に統合編集した各種のビジュアルな情報をインターネット上で高速配信する、(3)災害対策本部と現場間で、双方向通信などによって配信された情報をリアルタイムで共有するといった点にあります。

 「REISAC」の大きなポイントの1つは、デジタルマップ・航空写真および被災地の状況や応急対応等の意思決定プロセスに関する編集された全ての情報が、REISAC情報編集・統合化管理クライアントを通してREISACサーバー上に集積されることです。

 例えば、現地災害対策本部でREISAC情報編集・統合化管理クライアントが利用できる場合には、当該クライアントを使って、デジタルマップや航空写真上で被災現場の応急対応機関などから送られてくる被災関連情報(デジタル写真、文書、GPSを含むセンシングデータ等)や関連するシミュレーション図を編集することができます。大型ディスプレー上にそれらの統合情報を映し出すことで、現地災害対策本部のメンバーが、マップや航空写真上での位置情報と関連付けながら、被災地の状況や救援・救助活動の状況を把握することができます。被災地から遠隔にある省庁、都道府県、市町村などの危機管理機関および消防や警察などの応急対応機関は、インターネット上でそれらの情報をリアルタイムで共有することによって、被災現場の状況を把握し、相互に意思決定に関する情報のやり取りを行うことができます。

リアルタイム緊急時情報統合・共有・配信システム(REISAC)
参考:リアルタイム緊急時情報統合・共有・配信システム(REISAC)

防災・危機管理演習ツールとしての「REISAC」の利用

 「REISAC」は、Webサーバー上に、編集された情報がリアルタイムで保存されるため、編集・保存情報の履歴をすべて再生することができます。従って、REISACを使った防災・危機管理演習(図上訓練、実地演習等)においては、演習後に、関係機関間での情報共有、意思決定、情報伝達(報告、連絡等)などの演習の状況を時刻暦で確認できるという利点があります。このため、「REISAC」を危機管理演習のツールとして活用できるのでないかと考えています。

 こうした「見える化」によって、特に、広域の壊滅的な災害や事故などが起きた場合の被災状況の把握、初動や応急対応に関する意思決定などを効果的に行うことができるのではないか、と思っています。

国家的危機に対するR&D構想

 こうしたことを踏まえて、「国家的危機に対するR&D構想」を私なりにまとめてきました。最初は「グローバルレベルでのパラダイムシフトの加速」についてです。私としては、あらゆる面でこれまでの哲学・常識・手法が通用しなくなっている、つまり、国際的にも想定外の事態が起きていると思っています。

 まず挙げられるのは、現状の国際金融・経済制度が破綻しているということです。米国の赤字財政危機に伴い、米大統領が「デフォルト(国家債務不履行)宣言」に踏み切るのではないかと取り沙汰されていますが、これこそが本当の危機だと思うのです。国際的な政治状況としては、エジプトやリビアなど、アラブ諸国における市民革命の連鎖があります。独裁国での民主主義への希求が高まっています。

 また、世界的にも壊滅的な自然災害が多発しています。気候変動に伴い、各地で異常気象が起こり、水不足や飢饉(ききん)もまん延しています。実際、大きな自然災害に見舞われたアフリカ、東南アジアなどの現地で人道的な活動に奮闘されている国連やNGOの日本人の方から、「日本として、自然災害に苦しんでいる国に対して防災面での技術支援ができないのか」という声が寄せられています。また、福島第一原発事故の影響も、日本国内だけにとどまりません。国際的にも高い評価を受けていた原子力先進国である日本で、炉心溶融および放射性物質の放出を伴うシビアアクシデントが発生したことにより、国際的にも原子力発電政策に大きな影響を及ぼしています。このように、今まで想定できなかった「事態」が起きており、国際的にもそのような危機に対する対応が迫られているのです。

グローバルレベルでの「人間の安全保障」

 これらの問題全てが、世界の「人間の安全保障」問題にかかわっています。将来にわたって自国のみが生き残れるというシナリオはありません。もはや、グローバルレベルで「人間の安全保障」問題に取り組まない限り、日本の「安全保障」はないと考えます。

 私としては、日本が主張すべきことの一つとして、グローバルレベルの「人間の安全保障」への対応を挙げたいと思います。そのために必要なのは、国際的に「人間の安全保障」に関する「COP(Common Operational Picture:現状の認識の統一)を行うことです。「人間の安全保障」問題に関して、「今何が問題なのか、何が起きているのか」「どういった対応をしているのか」「どのように関与しているのか」といったことを認識するには、やはり「見える化」することが重要であると思います。これを可能にするためのグローバルレベルの「協働型プログラム」、そうしたものを開発していく必要があります。

グローバルレベルの「協働型プログラム」

 このイニシアティブを日本が取ることですが、では具体的に、どう解決していくのか。「人間の安全保障」としての応急対応と防護対策を明らかにし、その効果を検証するための「グローバル・テストベッド」を構築していく必要があるのではないか、と思っています。

 「グローバル・テストベッド」は、シナリオ作成・分析、予測シミュレーション、相互コミュニケーション、ネットワーキング、データベース、モニタリング、情報の配信などの機能やツールから構成されるイメージを持っています。これらの中で、科学技術研究の面で、最も重要な位置を占めるのが「シナリオ作成・分析」と「予測シミュレーション」であると考えています。危機管理の観点から、「最悪のシナリオ」を想定しておくことが重要です。シナリオはいくらあっても良いと思います。

 それらのシナリオを基に、危機などの影響に関する予測シミュレーションを行うことが必要になります。その予測シミュレーションを基に危機に対する防護対策を考えることで、関係する国や機関間での「相互コミュニケーション」のあり方や方法を考えることができます。グローバル・テストベッド」には、これらの検討を現実的に行うために、ネットワーキング、データベース、モニタリング、情報配信などの技術やツールが組み込まれる必要があります。

 今後、「人間の安全保障」問題の解決に資する国際協働型の「グローバル・テストベッド」に関する研究と併せて、社会科学政策問題の「見える化」に関する研究開発の展開を考えていく必要があるのではないかと思っています。

多田浩之 氏 みずほ情報総研 環境・資源エネルギー部 シニアマネージャー
多田浩之 氏
(ただ ひろゆき)

多田浩之(ただ ひろゆき) 氏のプロフィール
大阪府生まれ、大阪府立三国ヶ丘高校卒。1982年ワシントン大学工学部宇宙航空工学科卒、84年カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)大学院工学研究科修士課程修了(力学・制御学専攻)、富士総合研究所(現みずほ情報総研)入社。専門は危機管理、非常時情報通信および原子力防災・リスク解析。中央防災会議「災害教訓の継承に関する専門調査会」小委員会・分科会委員(2003-05年度)、文部科学省社会人学び直しニーズ対応教育推進プログラム、慶應義塾大学「地域情報化人材の育成研修委員会」委員(2007-09年度)、「非常時における地域の安全・安心確保のためのε-ARKデバイスを核とした情報通信環境の研究開発」研究運営委員会委員(2009年8月-11年3月)。

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