レポート

シリーズ「日本の安全と科学技術」ー 「国家的危機における非常時情報通信の課題と今後の研究開発の方向性」第1回「“国の存亡”を念頭にした危機管理」

2011.11.07

多田浩之 氏 / みずほ情報総研 環境・資源エネルギー部 シニアマネージャー

はじめに

多田浩之 氏 みずほ情報総研 環境・資源エネルギー部 シニアマネージャー
多田浩之 氏(みずほ情報総研 環境・資源エネルギー部 シニアマネージャー)

 私は、原子力安全解析および原子力防災の分野での業務を約20年間行ってきました。私の考える「危機管理」のコンセプトあるいは本質というものは、原子力安全解析および原子力防災での業務経験に基づいています。その後、8年間程度、危機管理、非常時情報通信といった分野で仕事をしてきました。

 今回、まず説明させていただきたいのは「危機」と「危機管理」の定義です。そして、東日本大震災によって引き起こされた危機が、数ある危機の中で、「どのような位置づけにあるのか」ということについてです。

危機のグレードと危機管理の主体
危機のグレードと危機管理の主体

 特に今回のような国家的な危機が起きたときの危機管理においては、「非常時情報通信が生命線である」ことがあらためて認識されました。そこで、「非常時情報通信」とは何か? 抱えている課題は何か? といったことを説明いたします。

 「非常時情報通信」は、非常に狭い分野であると捉えられがちなのですが、実は、非常に大きな領域にまたがっている分野です。欧米では「非常時情報通信」分野で、包括的なR&D(研究開発)が行われているのですが、それらのR&Dがどのような思想および発想のもとに行われているのか、R&Dの背景についても説明いたします。最後は、国家的危機に対応するためのR&Dの構想について、私なりの考えや思いを提言として述べさせていただきます。

危機と危機管理

 「危機」とは、英語のクライシス(crisis)の訳です。軍事・国家安全保障分野から出てきた概念とされています。簡単にいうと、「通常の手段や方策により対処することが困難な不測の緊急事態」を意味します。その中で「危機管理」という言葉が生まれたのですが、もともとはケネディ政権下で起きた有名な「キューバ危機」がきっかけだったと言われています。

 「危機管理」には狭義と広義の2つの意味があります。狭義的には、危機発生時における被害を最小化するための「応急対応活動」、英語ではレスポンス(response)という言い方をします。広義的には「防災」における、「平常時の予防・準備」「警戒期」「緊急時(危機発生時)」「復旧期」「復興期」の各フェーズに対応する活動、これを広義の危機管理と言っております。

 危機管理の本質は「市民、組織、社会等に危害をもたらすようないかなる脅威や不測の事態が起こっても、被害を最小限に抑制するために迅速かつ適切に対応すること」です。

「起きたらどうするか」が危機管理

 危機管理で一番考えなければいけないことは「最悪の事態を想定しておくこと」です。日本のこれまでの原子力行政もそうなのですが、事故が起きないようにすることに焦点に置き、「事故は起きない」という想定の下で対策を立てるのは「危機管理ではない」と私は思っています。「起きたらどうするか」と考えるのが危機管理です。そのところが非常に誤解されています。

 もう一つ、危機管理に関して考えておかなければならないことがあります。危機管理の考え方は、基本的には戦場で考える防御の考え方と同様です。ただし戦場の場合には兵士の犠牲は織り込み済みです。戦闘である程度の犠牲者が出ることは仕方がない。ところが災害の場合は、最初からある程度の一般市民の犠牲を許容した危機管理を認めることは非常に受け入れ難い面があります。それだけに、予期していなかった危機が発生した場合には、できる限り犠牲者が出ないように、柔軟性を持って、迅速にかつ適切に応急対応し、危機を収束させる体制と能力が問われることになります。これは、日本の危機管理において、今後真剣に考えなければならない点だと思います。

最近の危機の傾向

 世界的に、最近の危機の特徴として次のような点を挙げることができると思います。 自然災害に関しては、地震、津波、ハリケーン等による災害が大規模化・広域化し、被害状況が過酷化する傾向にあります。また、地球温暖化に伴う異常気象やそれに起因する突発的な災害が多発しています。感染症に関しては、鳥・豚インフルエンザなどの感染症が流行し、人への爆発的な感染が懸念されています。テロに関しては、絶えず都市を狙った国際テロや同時多発テロが起きており、それにより数多くの一般市民が生命を落としています。また、ソマリアの海賊問題も国際的に重大な危機として捉えられています。このように、世界的にも災害・危機の大規模化、広域化および過酷化が懸念されているのです。

東日本大震災は“複合災害”

 また、今後、対応を考えていかなければならない危機として、複合災害があります。複合災害とは、例えば、同種あるいは異種の複数災害が同時的に発生、あるいは時間差を持って発生し、より大きな被害をもたらす災害を意味します。

 東日本大震災というのは「複合災害」です。まず大規模な地震が起きて大きな災害をもたらしました。次に地震に伴って大規模な津波が起きて壊滅的な災害をもたらしました。さらに、その津波が原因となって、原子力発電所の炉心溶融事故を引き起こし、放射能放出事故をもたらしました。ということで、東日本大震災は、自然災害(地震・津波災害)と人工災害(原子力災害)からなる壊滅的な複合災害として特徴付けられるのです。世界でこのような大規模かつ広域の複合災害が起きたのは、おそらく日本が最初ではないでしょうか。

 なお、今後予想されている東海・東南海・南海地震は“3連発の巨大地震”として懸念され、しかも30年以内に80%以上の確率で起きるとも言われています。これらの地震が発生した場合の複合災害も懸念されるわけで、これへの対処も現実的に考えなければならない事態になっていると思います。

グローバル化する危機

 危機管理を行う際に考えなければならないのは、危機の大きさと重大さによって、対応する危機管理の主体が異なってくることです。これまでの災害というのは、どちらかというと市町村、都道府県など、自治体(複数)を中心として対応できた災害が多かったのですが、東日本大震災のような自治体のみでは対応しきれない壊滅的な場合は、国あるいは「国家連合」といった、より大きな組織体が対応しなければなりません。

「公助」の考え方

 地震などの災害が起きたときに最初に対応するのは、被災地の市町村および都道府県です。米国では、災害時に最初に応急対応する機関を「ファーストリスポンダー」と呼びます。そのファーストリスポンダーとしての市町村や都道府県が対応できない事態になると、自治体が国に支援を要望し、これを受けて、国が被災地の自治体の応急対応を支援します。こうした行政による応急対応が「公助」という考え方の基本になります。

緊急時における行政の応急対応(公助)のコンセプト
緊急時における行政の応急対応(公助)のコンセプト

危機管理の視点

 これまでの危機への備えは、防災・危機管理計画やBCP(事業継続計画、Business Continuity Plane)の策定に焦点が置かれていました。しかしそれらは壊滅的な災害や複合災害をあまり想定せず、どちらかというと、単一の自治体や事業者で十分応急対応が可能な災害を想定したものでした。

 しかし、壊滅的災害、広域災害になると地方自治体や国の「公助」も限界があるということで、地域ベースでの「自助」「共助」の取り組みが求められています。それが、国内における危機管理の基本的な考え方になっています。

 なお、最近では減災の観点から、災害発生後の当局(国・都道府県・市町村)の実効性のある初動・応急対応の必要性について幅広く検討されてきています。この一環として、特に非常時における情報通信の研究が重要視されています。

緊急時の情報通信の視点

 これまで、米国の9・11同時多発テロ事件や大規模災害や壊滅的災害の教訓から、「非常時情報通信」が危機管理の生命線であることが認識されてきました。 日本には、全国瞬時警報システム(J-ALERT:人工衛星を経由して津波警報や緊急地震速報、弾道ミサイル攻撃情報などを、地方公共団体や関係機関を介して住民に伝達するシステム)や、初動・応急対応としての中央防災無線や地方自治体の防災行政無線、安否確認のための災害用伝言ダイヤルや災害用伝言板など、いろいろ個別に整備・展開されてきましたが、国内では、危機管理における非常時情報通信のあり方について包括的に研究開発されているわけではありません。欧米では、危機発生前から発生後を通して、「危機管理関係機関(国、自治体、コミュニティ、住民)間で効果的に非常時通信を行う仕組みやインフラはどうあるべきか」を命題として研究開発が行われており、その点が日本とは異なります。 重要なことは、地上系通信インフラが破壊された場合への備えをいかに考えるかということです。日本では、こうした地上系通信インフラの壊滅を想定した場合の危機管理と非常時情報通信のあり方について真剣に考えていませんでした。欧米では、「国の存亡」に関わる事態を危機として想定し、それに対する現実的な危機管理を考えています。これは戦後の日米安全保障体制によるものだと思いますが、とにかく日本には「国の存亡」に関する意識があまりない。危機管理というのは本来、最悪のシナリオ(国が滅びるかもしれないということ)を念頭において備えるものであり、その日本の意識を変えていくべきだと思うのです。

多田浩之 氏 みずほ情報総研 環境・資源エネルギー部 シニアマネージャー
多田浩之 氏
(ただ ひろゆき)

多田浩之(ただ ひろゆき) 氏のプロフィール
大阪府生まれ、大阪府立三国ヶ丘高校卒。1982年ワシントン大学工学部宇宙航空工学科卒、84年カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)大学院工学研究科修士課程修了(力学・制御学専攻)、富士総合研究所(現みずほ情報総研)入社。専門は危機管理、非常時情報通信および原子力防災・リスク解析。中央防災会議「災害教訓の継承に関する専門調査会」小委員会・分科会委員(2003-05年度)、文部科学省社会人学び直しニーズ対応教育推進プログラム、慶應義塾大学「地域情報化人材の育成研修委員会」委員(2007-09年度)、「非常時における地域の安全・安心確保のためのε-ARKデバイスを核とした情報通信環境の研究開発」研究運営委員会委員(2009年8月-11年3月)。

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