レポート

シリーズ「日本の安全と科学技術」ー 「国家的危機における非常時情報通信の課題と今後の研究開発の方向性」第2回「非常時情報の「見える化」を」

2011.11.11

多田浩之 氏 / みずほ情報総研 環境・資源エネルギー部 シニアマネージャー

非常時情報通信の種類

多田浩之 氏 みずほ情報総研 環境・資源エネルギー部 シニアマネージャー
多田浩之 氏(みずほ情報総研 環境・資源エネルギー部 シニアマネージャー)

 「非常時情報通信」は、情報通信に関する国際的な標準化団体によって、ETS(EmerGenCy TeleCommuniCation ServiCe)と呼称されています。

 ETSは情報の受発信と危機管理プレーヤーとの関係によって、次の4つに分類されます。政府・応急対応機関同士の通信「G to G」、政府・応急対応機関から地域・住民への通信「G to C」、住民から政府・応急対応機関への通信「C to G」、住民同士の通信「C to C」です。ここで、GはGovernment(政府)、CはCitizen(市民)の略です。

非常時情報通信の4つの形態
非常時情報通信の4つの形態

 この中で、欧米では、「G to G」を、公助に関わる通信の一環として、「災害救援通信(TeleCommuniCation for Disaster Relief;TDR)と呼んでおります。

 「G to G」の非常時情報通信の役割は、国・自治体による被災状況把握、あるいは消防・警察・緊急医療機関などのファーストリスポンダーによる被災地の救援・救助活動のための通信を意味します。それに使用される通信システムの例としては、防災行政無線や総合防災情報システムなどがあります。「G to C」の非常時情報通信の役割は、災害対策や防災訓練などに関する住民への事前の情報提供や実際に災害が起きた時の警報や避難指示などの情報伝達です。それに使用される通信システムの例としては、市町村防災行政無線や自治体からの緊急時同報メールです。なお、東日本大震災では、「G to C」の通信手段としてtwitterが有効であることが明らかになりました。

 「C to G」は、110番や119番を含めた緊急時における地域住民から当局への情報提供などを意味し、住民が携帯メールから災害目撃情報を写真で防災・危機管理機関に送ることができる自治体もあります。「C to C」は、一般にいう安否確認のための通信を意味します。自分の家族や親戚の安否確認を取るために災害時伝言ダイヤルや災害用伝言版、twitterといった情報通信システムが利用されています。

 非常時情報通信をこうした4つの領域に整理し、それぞれの枠組みの中でどのようにR&Dを行っていくのか、また、それら4つの領域に対してどのように統合的なR&Dを行っていくのかといった視点が、日本にはあまりないように感じられます。

非常時情報通信「G to G」「G to C」の課題

 「G to G」「G to C」は、共に公助のための通信です。「G to G」の場合は救援・救助活動に資する情報通信、「G to C」の場合は住民への情報伝達に資する情報通信であり、それらが減災の鍵を握ります。救援・救助活動については、被災状況を迅速に把握し、意思決定を効果的に行い、初動・応急対応活動を協調的に行うことが重要で、「G to G」においては、これらに資する情報通信の技術・環境の整備が必要になってきます。

 そのために私が研究しているのが、ビジュアルな情報を使って、災害対策本部で緊急事態の状況や救援・救助エリアなどに関する情報を「見える化」し、Web上で災害対策本部と被災現場の応急対応機関間でそのような情報をリアルタイムで共有し、相互に連絡・報告できるシステムです。単に音声だけで伝えるのではなく、デジタルマップ・衛星写真上に各種の必要なビジュアルな情報を迅速に編集・見える化し、無線通信環境下でも、現場の応急対応機関が、災害対策本部から伝達される、デジタルマップ・衛星写真画面上のビジュアルな情報を迅速にかつ効果的に閲覧できるようなシステム・環境に関する研究が必要であると考えています。

 また、非常時には、異なる応急対応機関間での「無線通信システムの相互運用性」が問われてきます。東日本大震災では、米軍が救援活動「ともだち作戦」を展開しましたが、日本の無線システムと米軍の無線システムの周波数帯が違うため、必ずしも、日本の応急対応機関間との通信がスムーズではなかったようです。無線通信の方法についても、事前に検討しておく必要があったのです。

 「G to C」に関しては、当たり前のことですが、災害が起きた時には、国や自治体から、被災地域・住民に対して、迅速、的確かつタイムリーな情報伝達を行うことが大事です。国内では、こうした技術・環境の整備に力を入れて研究を行っています。

非常時情報通信「C to C」「C to G」の課題

 災害時の安否確認の手段としては、災害伝言ダイヤルや災害用伝言板、twitterなどがあります。しかし、これらは地上系の通信網が生きている場合はいいのですが、被災地域の情報通信インフラが壊滅したらどうするのかといった問題があります。

 そうした中、被災地域で一部の情報通信インフラが損傷・利用不可能な場合でも、住民が平常時に使用している携帯電話などを使用して、アドホックの無線LANアクセスポイントを確立することにより情報通信手段を確保するための研究開発が大学などで行われています。これに関して、公開の実証実験なども行われて、大きな成功を収めています。なお、技術的には、携帯電話に衛星電話への切り替え機能を持たせることもできるようですが、被災現場での携帯電話の電源の確保など、解決すべき課題が多いようです。

 「C to G」の場合も同様に、地域の情報通信インフラが損傷した場合にも住民が情報発信できる手段が必要です。

東日本大震災で見えた課題

 東日本大震災でも非常時情報通信の課題が見えてきました。ハリケーン・カトリーナ災害の場合と同様の、壊滅的災害に起因する「G to G」の非常時情報通信の課題です。

 それはまず、津波により、被災地の情報通信インフラが壊滅した際に、被災地の衛星通信インフラ機能が失われ、政府と被災地間の衛星通信機能を迅速に確立できなかったという問題です。これは日本が、衛星通信をベースとした非常時情報通信を考えていなかったことによります。「地上通信インフラが駄目になったらこうする」と決めておけばできたのかも知れませんが、最初から最悪のシナリオを考えていなかったのです。「地上の情報通信インフラが壊滅した場合」の衛星通信へのスムーズな切り替えや衛星通信をベースとした非常時情報通信のあり方を考えなければならないと思います。

 さらに、政府の応急対応の遅れも問題です。これは、被災地の情報通信インフラが壊滅したことのほか、日本の政府に、迅速な被害状況の把握と応急対応の意思決定支援に資するための「状況の見える化と関係機関での情報共有、および状況認識の統一(Common Operation PiCture;COP)」に関する仕組みがなかったことが要因の一つであったと考えています。

 日本には、「災害が起きて、今何が起きているのか。どういう対策を施さなければいけないのか」といったことを、関係省庁、応急対応機関等間で、あらゆる手段を使ってでも情報を収集し、迅速に緊急事態の全体像を把握・共有し、それに基づいて迅速にかつ効果的に意思決定する仕組みがないのです。可能な限り迅速に緊急事態の全体像を把握し、それを皆で共有し、その場で「どうするか」を判断し、意思決定する仕組みがないと、巨大災害に対する応急対応は遅れます。政府における「情報を共有する仕組み」や「状況の見える化の仕組み」の機能がどうしても必要になります。

放射線防護対策の問題

 もう一つ、東日本大震災で大きな問題になったのは放射線防護対策です。「G to C」の非常時情報通信として、政府から住民への避難などの指示や情報伝達の的確性が疑問視されています。例えば、地図上での「SPEEDI(緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム)」による予測シミュレーションがありました。これも、各方面から入ってくるデータや各種シミュレーションなどを、被災地域のデジタルマップ・衛星写真上に統合して表示することによって、放射線防護対策の意思決定に資する「情報の見える化」ができるわけです。そうした柔軟性のある仕組みがなかったために、被災住民や関係機関に的確な、タイムリーな情報提供ができませんでした。 政府の応急対応としてだけではなく、災害が起きた後の意思決定や防護対策に役立つ仕組みづくりが大事だと思います。

多田浩之 氏 みずほ情報総研 環境・資源エネルギー部 シニアマネージャー
多田浩之 氏
(ただ ひろゆき)

多田浩之(ただ ひろゆき) 氏のプロフィール
大阪府生まれ、大阪府立三国ヶ丘高校卒。1982年ワシントン大学工学部宇宙航空工学科卒、84年カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)大学院工学研究科修士課程修了(力学・制御学専攻)、富士総合研究所(現みずほ情報総研)入社。専門は危機管理、非常時情報通信および原子力防災・リスク解析。中央防災会議「災害教訓の継承に関する専門調査会」小委員会・分科会委員(2003-05年度)、文部科学省社会人学び直しニーズ対応教育推進プログラム、慶應義塾大学「地域情報化人材の育成研修委員会」委員(2007-09年度)、「非常時における地域の安全・安心確保のためのε-ARKデバイスを核とした情報通信環境の研究開発」研究運営委員会委員(2009年8月-11年3月)。

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