レポート

シリーズ「日本の安全と科学技術」ー 「国家的危機における非常時情報通信の課題と今後の研究開発の方向性」第3回「米国の非常時情報通信システムを」

2011.11.17

多田浩之 氏 / みずほ情報総研 環境・資源エネルギー部 シニアマネージャー

海外に学ぶ危機管理と非常時情報通信

多田浩之 氏 みずほ情報総研 環境・資源エネルギー部 シニアマネージャー
多田浩之 氏(みずほ情報総研 環境・資源エネルギー部 シニアマネージャー)

 これまで、東日本大震災を含む国内における危機管理と非常時情報通信に関するトピックスや課題についてお話ししました。では、海外の状況はどうでしょうか。今回は特に米国での2つの事例を紹介します。1つは「RESCUE(Responding to Crises and Unexpected Events)」という「予測できない事象や危機に対する応急対応」のプロジェクトについてです。もう1つは「DMI(Disaster Management Initiative)」という、米国のサンフランシスコ湾周辺地域を対象とした「災害管理構想」です。さらに参考情報として、私たちが開発した「REISAC」という非常時情報通信システムについて、お話しいたします。

RESCUE
RESCUE

大規模森林火災がきっかけの「RESCUE」

 「RESCUE」は、緊急時においてファーストリスポンダーが情報の収集・管理・活用を図り、効果的に公衆への情報伝達が行うことができる、そうした能力を高めるためのプロジェクトです。このプロジェクトができた背景には、2003年の南カリフォルニアの大規模森林火災で、被災状況(住民、交通手段、情報インフラなどの状況)や応急対応資源(利用可能な医療施設や救助・公安部隊など)に関しての情報収集・分析・共有・伝達の問題がクローズアップされたことがあります。その中で、被災現場でファーストリスポンダーが利用できる情報の正確さやタイムリー性、さらに信頼性のレベルなどといったものが、応急対応に関する意思決定の質に大きく影響することが明らかになったのです。そのことがきっかけで「RESCUE」プロジェクトが生まれたと言われています。

あくまでもアカデミック研究で

 「RESCUE」プロジェクトは、UCSD(カリフォルニア大学サンディエゴ校)にある「Calit2」(California Institute Telecommunication and Information Technology)という電気情報通信に関する研究機関が中心となって推進されてきました(2009年ごろまで)。その後、UCI(カリフォルニア大学アーバイン校)にある「CERT」(Center of Emergency Response Technologies)という危機管理、非常時情報通信などに関する専門の研究機関が、「RESCUE」プロジェクトを引き継いだ研究を行っています。

 「RESCUE」プロジェクトには、13以上の大学・研究機関・関連プロジェクトおよび17以上の企業が参画しました。特徴的なのは、プロジェクトの成果のユーザーであるファーストリスポンダーとしての地方政府や連邦の危機管理機関、地方政府の消防や警察などが参加していることです。そうしたファーストリスポンダーや地域住民の参加の下に、危機管理訓練の場などで、プロジェクトで開発されたシステムの実験や検証が行われました。

 「RESCUE」プロジェクトの最大のスポンサーは、国防総省や国土安全保障省ではなく、NSF(米国立科学財団)であり、アカデミックな研究の枠組みで、「RESCUE」プロジェクトが進められてきた点が特徴的だと思っています。NSFから約1,250万ドル(日本円で当時、約10億円強)の予算を獲得しています。その他にもいろいろなスポンサーが入っており、かなり大きなプロジェクトです。

 「RESCUE」プロジェクトにはかなり多くの企業が入り、お金を払っているので、最近は、企業を中心に商用化に結びつける方向で研究をしているようです。従って、最近はプロジェクトの具体的な成果が公表されているわけではありません。

R&Dの特徴

 「RESCUE」プロジェクトにおけるR&Dのアプローチの特徴は、コンピュータ科学者、工学者、社会科学者、防災科学者などによる学際的な研究であり、革新的な技術を探求することです。

 さらに特徴的なのが「テストベッド」(実際の運用環境を念頭に置いた試験台となるシステムや施設)です。危機管理で使用するシステムは、実際に現場に適用して、検証できるような環境が必要です。そのために、大学キャンパスや市内に「テストベッド」が構築、実装され、州内の市や郡の危機管理局や消防の協力により、危機の状況に関する把握や関係機関間での情報共有等に関する評価などが行われています。

 テストベッドは、単に実験的な研究として利用されるのではなく、開発する技術が現場で利用できるものにすることを目的として、現実的なフィードバックが得られるようにする必要があります。そのために、テストベッド環境内に、GPS(衛星利用測位システム)を含む、モニタリングを行うための各種センサーやデバイスをプラグインして、リアルタイムの情報を収集し、シミュレーションなどの情報を組み合わせて、状況を「見える化」して、現実的にかつ具体的に分析を行うことができるように設計されているのも特徴です。

 「RESCUE」プロジェクトでは、さらに、プロジェクトで開発されたプロトタイプおよび初期のプロダクトをシステム・インテグレーションの場に投入して、3-5年先を見た大規模市場に展開することも目的にしています。そうした意味からも、いろいろな企業が数多く参加しているのです。

研究のフィードバック

 私は、UCSD(カリフォルニア大学サンディエゴ校)にある「Calit2」を2回訪問しました。大学では、教授や学生たちが横断的な研究を行っており、いろいろな研究チームに参加しています。「RESCUE」プロジェクトのようなプロジェクト全体を考えた構想力は大変すばらしく、非常に参考になると思いました。

 「RESCUE」プロジェクトにおける研究プログラムの構成についてですが、「主要研究領域」は何かというと、先ほど申し上げたようにカリフォルニア州の大規模森林火災で起きた問題、つまり情報の収集・分析・共有・伝達の問題です。それに対する課題を明らかにして、研究プログラムの全体が構成されているわけです。研究プログラムの全体の最下位のレイヤ(層)で、個別の研究プロジェクトが組まれています。それらの研究プロジェクトの成果(プロトタイプ)のシステム・インテグレーションおよび将来の市場を見据えた実験の場となるのがテストベッドです。

 そうした研究プロジェクトやテストベッド研究によって「アーチファクト(artifact)」、いわゆる、価値のある「中間的な成果物」が生み出されます。狙いとする「中間的な成果物」は、研究成果の初期のユーザーあるいは試験者として参加するファーストリスポンダーの意思を踏まえて選定されます。これも、「RESCUE」プロジェクトの1つの大きな特徴であると思います。

DMI(Disaster Management Initiative;災害管理構想)

 「DMI」の目的は、複数の地方・州政府などにまたがるオールハザードの災害を対象として、オープンかつ相互運用が可能な次世代技術ソリューションを開発することにあります。

 「DMI」の背景にあるのは、今後想定されるサンフランシスコ周辺の大規模地震です。もしサンフランシスコ周辺で大規模な地震が発生した場合には、サンフランシスコ湾エリアを中心とした複数の市・郡政府およびカリフォルニア州政府が、協調して応急対応や復旧活動を行うことが求められます。そうした危機感があるので、大規模地震に対する効果的な危機管理を行うためのソリューションを検討していかなければならない。そこで、さまざまな関係機関や個人が協働できる仕組みを作ろうと、立ち上げられたのが「DMI」です。

 DMIを立ち上げたのは、カーネギーメロン大学シリコンバレー校(CMU-SV)です。参画機関の中心になっているのが「協働型科学応用研究センター(Center for Collaboration Science and Application)」です。この機関は、「NASAエームズ研究センター」「CMU-SV」および「ロッキード・マーチン社」の3者のコラボレーションにより設立されました。

 さらにDMIには、地元の通信ネットワークや無線通信などの企業によるNPO団体「Wireless Communication Alliance;WCA」、NASA エームズ研究センターや地域のリーダーグループなどが参画しています。

 DMIの資金はカーネギーメロン大学の資金が中心になっていると考えられますが、NASA エームズ研究センターやカリフォルニア危機管理局が、研究に必要な設備や機材を提供しているようです。

より新しい技術を

 DMIのR&Dは、比較的新しく、2009年からスタートしています。R&Dのアプローチは単純で、「より新しい技術を使うことが、より良い災害の予測、管理、復旧につながる」という考え方に基づいています。具体的には、スマートフォンやモバイルデバイス、高速ユビキタス通信、ソーシャルメディア、無線センサーネットワーク、クラウドソーシング、協調型の情報通信環境などの技術を融合的に活用することで、緊急時において、個々の市民、コミュニティ・グループ、応急対応機関などを一体化し、効果的な応急対応能力を得ることができるという考え方です。

 このDMI自体が、こうした考え方や技術に関する研究、開発、評価および普及のための「センター・オブ・エクセレンス」になっています。DMIの中で、危機管理や人道支援などの分野の専門性あるいは資源を組み合わせた公式のプログラムや、非公式のコンソーシアムを設立して、研究者や実務者、開発者、ボランティアなどが技術開発・評価を行いつつ、地域コミュニティがアウトリーチ活動やワークショップに関与することを可能にする、という狙いもあります。

DMIの活動とプロジェクト

 DMIには3つの活動領域があります。まずは「コミュニティの関与」です。サンフランシスコ湾エリアには数多くの市や郡などの地方政府や市民団体があり、コミュニティレベルで危機管理活動に参画する必要があります。2つ目は「危機管理に関するソリューションおよび政策の開発」を行うことであり、3つ目は「危機管理に関する技術研究・プロトタイピング・開発」を行うことです。DMIでは、これらの3つの活動を並行して行うことにより、より動的かつ分散型の応急対応を行うことを可能にする先進的なICT(情報通信技術)の採用を推進することができるとされています。

多田浩之 氏 みずほ情報総研 環境・資源エネルギー部 シニアマネージャー
多田浩之 氏
(ただ ひろゆき)

多田浩之(ただ ひろゆき) 氏のプロフィール
大阪府生まれ、大阪府立三国ヶ丘高校卒。1982年ワシントン大学工学部宇宙航空工学科卒、84年カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)大学院工学研究科修士課程修了(力学・制御学専攻)、富士総合研究所(現みずほ情報総研)入社。専門は危機管理、非常時情報通信および原子力防災・リスク解析。中央防災会議「災害教訓の継承に関する専門調査会」小委員会・分科会委員(2003-05年度)、文部科学省社会人学び直しニーズ対応教育推進プログラム、慶應義塾大学「地域情報化人材の育成研修委員会」委員(2007-09年度)、「非常時における地域の安全・安心確保のためのε-ARKデバイスを核とした情報通信環境の研究開発」研究運営委員会委員(2009年8月-11年3月)。

関連記事

ページトップへ