総合科学技術会議の基本政策専門調査会がまとめた「科学技術基本政策策定の基本方針」(案)が、同会議のホームページで公表されている。
来年度から始まる第4期科学技術基本計画を策定する基本方針として「科学・技術・イノベーション政策を一体的に推進して、価値創造型の新しい産業を生み出していく原動力とすることが重要」と書かれている。「日本は基礎的な科学・技術力をイノベーションまで十分につなげられず、日本が強みを持っていた領域での競争力も相対的に低下してきている」という現状分析が根底にある。
「この10年で8人の日本人研究者がノーベル賞を受賞したほか、iPS細胞の作製や鉄系超伝導物質の発見など、これに続く世代の研究者が画期的な研究成果を創出してきている。また、論文被引用数で世界トップに躍り出る日本人研究者が次々と現れている。しかしながら、種をまき芽を生み出すことを目指すボトムアップ型の研究を支える科学研究費補助金の採択率は、2008年では20%まで低下している。わが国の論文数、論文数の占有率、被引用数は漸減傾向にあるとともに、論文の相対被引用度では主要国中7位で中国、韓国の猛追を受けるなど、全体的な質の一層の向上が課題となっている」
基礎研究も決して満足できる状況にはないということだ。採択される課題数(採択率)が減っている科学研究費補助金の強化策として次のような方針が示されている。
「新規採択率を30%程度に上げ、通説に反する挑戦的研究にも機会を与えるため、今後5年間で大幅な増額が不可欠である」
「1件当たりの配分額は年々減少し、2009 年度では280万円にまで落ち込んでいる。このため、研究者が多数の種目に応募せざるを得ず、応募件数が過大となり、審査の精度も低下している。これを改善するため、研究に責任を持つ独立した研究者であるPI(Principal Investigator)のみが応募できる種目を指定し、そこに十分な研究費を確保する」
「現在の細目は過度に細分化されて狭い領域で審査・評価が続けられており、萌芽的研究を柔軟かつダイナミックに入れにくい側面がある。このため、細目を点検しつつ、大くくり化やより大きな視点からの審査の充実を行い、新興・融合領域への挑戦を誘発する」
「客観的な指標も含む多様な評価軸による評価を実施する」
これらは政府がその気になれば実現が困難な方策には見えない。基本的には予算配分の優先度の問題だ。国民の支持が得られないとは思えない。学界も協力できないとは言わないだろう。
むしろ、科学・技術・イノベーション政策を「価値創造型の新しい産業を生み出して行く」ものにする上でより難しい問題があるのではないだろうか。「橋渡し研究」の手薄さである。「科学技術基本政策策定の基本方針」(案)ももちろん見過ごしてはいない。ライフ・イノベーションの推進策の中に、具体的な記述がある。
「医師主導治験により、基礎研究の成果を応用に結びつけるための探索型の橋渡し研究の円滑な実施を図る。このため、臨床研究コーディネーター、生物統計家、データマネージャー、医事・薬事に精通した人財の育成および医療機関内で安定して雇用される臨床研究環境の整備により、臨床研究実施登録数増加を目指す」
実現したら相当な効果があると思われるが、これでは不十分という声が医学界からさえ聞かれる。医師主導という考え方からして橋渡し研究の難しさを正当に理解していないということらしい。「橋渡し研究というのは実用化にかかわることなので、仕事が論文として学術誌に載ることに直ちにはつながらない。努力して実用化を推進する役割を担った人たちをどのような基準でどのように評価するかという議論、ビジョンがないままに、若者を引きつけることができるか」(渡邉俊樹 氏・東京大学大学院新領域創成科学研究科メディカルゲノム専攻長 2009年2月9日インタビュー記事「まともな議論ない日本」参照)
橋渡し研究の重要性をもっときちんと評価する環境整備を図らない限り、基礎研究と臨床医療を隔てる死の谷に橋をかけられる人材など育成しようがない、ということだろう。