インタビュー

第5回「少なすぎる研究投資」(前田正史 氏 / 東京大学 理事・副学長)

2009.11.16

前田正史 氏 / 東京大学 理事・副学長

「イノベーションの議論を超えて」

前田正史 氏
前田正史 氏

2006年3月に閣議決定された第3期科学技術基本計画で「イノベーション創出」が大々的に打ち出されて3年半たつ。目に見える成果があったか、はっきりしない。それぞれ都合よく解釈、使用されているだけで、本質はさっぱり理解されていない、という厳しい声も聞かれる。そんな折、「Beyond Innovation『イノベーションの議論』を超えて」(丸善)という本が出版された。イノベーション論議に何がどう不足していたのか、編著者である前田正史・東京大学理事・副学長に聞いた。

―イノベーションについてあらためて伺います。

イノベーション、つまり大きなパラダイムシフトがあるようなものというのは非常にリスキーですから、かなり大きなグループ同士で手を握らない限りできないです。かつてNTTの武蔵野研究所でシリコン単結晶の引き上げ技術を開発したことがあります。あのとき、NTTはソニーと相当深い共同研究をしていたと思います。それが今の日本の超LSIの製造技術の根底になっています。だけど、あのとき、多分NTTは知的財産についてうるさいことをあまり言っていないと思うんですね。研究開発共同組合をつくってみんなでやりましょう、と言ってオープンにしてしまいました。

お互いに尊敬し合えるというか、抽象的ですけど、そういうエリートグループ、集団というのがないと絶対にイノベーションはないんです。それが今はもうグズグズになってしまっています。悪平等ですよね。

―かつてNTTとエレクトロニクスメーカーの間にあった関係は、たしか米国に問題視されました。NTTが本来、政府がやるような役割を果たして、共同研究の名のもとに関連メーカーに相当お金が出ていました。あの仕組みは今はもうないわけですね。これからどうしたらよいのか、を最後に伺います。

分かりやすく言えばファンディング、お金の付け方でずいぶん変わると思います。NTTが昔、配っていたお金というのは、まさに国がやるべき研究開発を現場に預けてやらせていたということですよね。どの半導体のつくり方がいいとか、どんな通信方式がいいとかは霞が関の役人は分からないわけですから、「現場に任せるよ」と。

だから、やっぱり同じことだと思うんです。研究開発を分野ごとにやれるような目利きがいる、あるいは自分自身もやっている。そういう組織をきちんとつくるべきだと思います。大学自身がそれをやってもいいのですが、日本学術振興会、科学技術振興機構という既存のファンディング機関があり、北澤宏一・科学技術振興機構理事長が言うように2段ロケット型のファンディングシステムが既にあるわけですから、アカデミアの研究開発支援はそこでやればいいと思います。そして、より産業に近いファンディングは新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)がやればよい、と。

問題は額が少なすぎるということです。

―「Beyond Innovation『イノベーションの議論』を超えて」に、日本流のコンセプトを世界に打ち出すことと、ボトムアップのイノベーションを持つことが提言されています。科学研究費を今の3倍、6,000億円にするだけでもインパクトは大きい、と書いてありますが。

科学研究費は、間違った審査もたくさんあるのですが、チャンスは平等なんです。非常に公平な配分の仕組みになっていて、平均的にいうと、例えば東大のまじめにやっている教授ですと、自然科学系だと年間300万円ぐらいもらえるでしょう。1年休んで、また 300万円ずつもらえるだろう、というのが今の状況です。これは物件費、消耗品を払うにはそこそこできる額ですけれども、300万円で1年間研究しろという話ですからね。新しい先進的な研究ができるかといったら、これではやっぱり竹やりのレベルです。それが3倍の1件、1,000万円程度になったらちょっと違いますよね。現在総額2,000億円の科学研究費を3倍の6,000億円にするだけでも、大きな効果が期待できるということです。

伊藤元重さんという私の先輩がいるんですが、彼の密かな持論は消費税25%です。そうしない限り、社会保障と非社会保障枠の分離ができない、といいます。今、社会保障の“自然増”が年間、5,300億円ぐらいでしょう。自然増だけで、ですよ。毎年5,300億円といえば、国立大学法人全部で1年に使っているお金の半分位です。同じ額の社会保障費が毎年増えていくわけです。税に手を入れない限り、どうにもならないということです。

「Beyond Innovation『イノベーションの議論』を超えて」でも書いているように、国債で国民からお金を借りることを続けるのではなく、それに見合うお金を税金で払っていただけば何も問題がなかったのに、それを今までしてこなかったのが基本的な問題です。ですから、まず政府が使えるお金をつくって、その上でオバマ米政権のように、ライフサイエンスに例えば3兆円でもいいし、米国との人口比率を考慮して1兆円でもいいから研究投資する。それから、われわれが得意なものづくり分野に4兆円でも5兆円でも用意する。そのようなことをしない限り、真のイノベーションも期待できないということです。

(完)

前田正史 氏
(まえだ まさふみ)
前田正史 氏
(まえだ まさふみ)

前田正史 (まえだ まさふみ)氏のプロフィール
1976年東京大学工学部卆、81年同大学院工学研究科博士課程修了。東京大学生産技術研究所教授、同総長補佐、生産技術研究所サステイナブル材料国際開発センター長、評価支援室長、生産技術研究所長、総長特任補佐などを経て、2009 年4 月から現職。専門は循環材料学・材料プロセッシング。1998年半導体シリコンの精製のために、ベンチャービジネス 株式会社アイアイエスマテリアルを創立、資本金7 億円で生産活動を行っている。主な著書に、『大学の自律と自立』(日本化学会編)、『「ベンチャー起業論」講義』(丸善)、『金属材料活用事典』(共著、丸善)、『金属事典』(前田正史編集、産業調査会事典出版センター)。工学博士。

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