ハイライト

若い研究人材の新しい流れつくる(吉川弘之 氏 / 産業技術総合研究所 理事長)

2008.01.25

吉川弘之 氏 / 産業技術総合研究所 理事長

シンポジウム「今、求められる研究者像と人材育成」(2008年1月21日、産業技術総合研究所 主催)講演から

産業技術総合研究所 理事長 吉川弘之 氏
吉川弘之 氏

 膨大な知識が蓄積されているにもかかわらず、使い方が不十分なため本当に人類が必要なものにはならなかったというのが21世紀の課題になっているといえる。さまざまな視点が一つになって創造的なものをつくり出さないと現代の問題は解決できない。そこでどういう人材を育てていくかが問題になっている。

 特定の領域の知識に加え、学際知識、応用と基礎的知識を併せてみることができる本格的知識、分析ではなくものを作り出す構成知識が必要とされている。そのためには特定領域における柔軟な知識応用力、他分野の研究者との対話能力、基礎と応用を対等に理解する俯瞰能力、抽象から具体へと展開する設計能力が求められる。

 これからの社会に研究者がどれくらい必要かについてはいろいろな数字があるが、産業別就業者の割合を見れば3次産業が増えているのは明らか。一方、最も研究者を抱える企業の専門家の分布を見てみるとほとんどが物理・化学系で、人文・社会科学系は、私自身データを見て驚いたのだが、わずか0.7%しかいない。サービス業を志向する研究人材は年々増えているにもかかわらずである。この人たちを産業に役立たせるようにすることが重要だ。

 産業技術総合研究所について見ると、それぞれの研究ユニットに多様な専門の研究者が存在する。それぞれのユニットには、基礎研究から製品化研究、さらにその間を結ぶ第2種基礎研究とわれわれが呼んでいる研究者が共存している。ここに若者をどんどん招き、学際的、本格的、構成的研究を遂行することを目指したい。

 今ポスドク研究者の処遇が問題になっており、産業技術総合研究所でも毎年、約50人が定員内の雇用研究者として採用されているが、約150人はプロジェクトが終わると雇用契約が切れる。国策として科学技術プロジェクトに従事しているのにこれでは政策詐欺のようなものだ。これらポスドク研究者をサービス産業を含めた広い分野で働ける人材に育てることが必要と考えている。

 そこで研究所の研究指導力を活用したイノベーション人材の育成策として4月から「産総研イノベーション上級大学院」を発足させることにした。学生は任期付き研究員を中心に特別研究員を含む有資格希望者とし、教授は50ある研究ユニットの長全員をあてる。課程は半年間とする。どこにも総合的、構成的な研究を受け付ける学科がないので、産業技術総合研究所でこの1月から新しい雑誌「Synthesiology−構成学」という査読付きの学術論文誌を発刊した。そこに投稿し査読を通れば、それをもって卒業のための論文としようということだ。研究者による実習、教授たちの座学も単位とする。それを終えればわれわれが考える本格的な目と、構成的な能力を持ち、さらに学際的に多様な分野の人と話し合える人材が育つのではないか、と考えている。そうなれば産業においての活躍の場もあるだろうし、研究においても主要な研究者になるなど多様な働きの場が出てくると考える。

 若い人たちも新しい分野に行けるとなれば、大きな未来を作り上げようという気になろうかと思う。企業の方もぜひ「産総研イノベーション上級大学院」の修了生を採用し、新しい研究人材の流れを作り出していただきたい。

産業技術総合研究所 理事長 吉川弘之 氏
吉川弘之 氏
(よしかわ ひろゆき)

吉川弘之(よしかわ ひろゆき)氏のプロフィール
1956年東京大学工学部精密工学科卒、株式会社科学研究所(現理化学研究所)入所、78年東京大学工学部教授、89年同工学部長、93年東京大学総長、97年日本学術会議会長、日本学術振興会会長、98年放送大学学長、2001年から現職。1999年から2002年まで国際科学会議会長も務める。「社会のための科学」の重要性をうたった「科学と科学的知識の利用に関する世界宣言」を採択した99年世界科学会議(ユネスコと国際科学会議共催)で、基調報告を行う。科学者の社会的責任を一貫して主張し続けており、産業技術総合研究所の研究開発方針でもその考え方が貫かれている。

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