科学技術振興機構 新年互礼会(1月5日)あいさつから
2008年は、日本のサイエンスが世界に花開いた記念すべき年だった。まず、ノーベル物理・化学賞受賞者6人のうち4人が日本人だった。
山中伸弥・京都大学教授らによる「ヒトiPS細胞」は、生命科学における世界中の話題だった。2月には材料科学分野が、細野秀雄・東京工業大学教授らのニュースにわいた。非常識とされた鉄を主成分とする高温超電導体を発見したからだ。ただちに周辺物質の探索が世界中で始まった。探索すべき物質候補は3,000種以上もあるとされる。半年だけで世界7カ国以上で緊急の国際会議が開かれ、新超電導物質の発見レースに火がついた。
材料科学と生命科学は基礎科学の2大領域だが、その両方において若い2人の日本人科学者が世界をフィーバーに巻き込んだわけで、日本のサイエンスでは初の快挙といえる。
2人の快挙はなぜ生まれたのだろうか。1995年に科学技術基本法が制定され、第1期科学技術基本計画もこの年からスタートした。これにより国の政策目標実現に向けて目的基礎研究をトップダウン型に推進する戦略的創造研究推進の体制が本格化し、世界でもユニークな2段ロケット型の研究支援体制が出来上がってきた。
優れた研究を産み出すためにはまず豊かな苗床が必要だ。日本では「科学研究費補助金」が多様性と独創性を重んじた研究を育てている。ラフに言うと、科研費の一人あたり受給金額は3-400万円である。科学技術振興機構(JST)は産業シーズにつながる可能性のある領域に限られるが、その中から1%を選び出し、1桁多い研究費で5年間支援する。支援を受けた研究者はその間に世界でもトップといえる研究環境を整えることができる。山中、細野両教授の研究成果もこの2段ロケット方式で支援されたことが効を奏した。
日本の苗床作りは現在科研費の充足率が25%であることを考えると、3倍程度には強化する必要がある。なぜなら、研究費をもらえない年があると研究者は死んでしまうからである。人件費を払っているのだからもったいない。次に戦略創造は1%だけを選び出すのでは選に漏れる秀でた研究提案が多すぎる。3倍くらいは非常に優秀な候補がいる。その意味で日本の基礎研究は現在の3倍程度に強化されることが望ましい。
私たちは、2009年さらにこうした流れを加速するため、新たな挑戦をする。1つは、山中、細野両教授のような画期的な成果が生み出された場合、その研究を伸ばすために「研究加速強化システム」を新設する。iPS細胞や鉄系超伝導体のような基本的発見は新たな研究大陸の発見になっている。その大陸の大きさはまだ判然としておらず、これからも大きな発見が続く可能性が強い。その大陸に探検に出かけようとする研究者群を応援しなければならない。すでにJSTでは新たなCREST、さきがけ領域を立ててこの2つの大陸に分け入る人たちの支援を開始している。また、国際シンポジウムの開催や知的財産への支援、広報活動なども心がけている。
2つめは、基礎研究における成果をにらみつつ、成果を実用化に結びつけるための一貫した研究開発体制をつくる「戦略的イノベーション創出推進事業」の新設である。戦略的創造研究推進事業を含む日本の基礎研究の成果の中から、インパクトの強い産業創出の礎となりうる技術をいくつか選び出し、産官学の研究者から構成される複数の研究チームによるコンソーシアムを形成し、主要な知財などの共用をはかり、複数課題の研究開発を一つのプラットフォームの上で一貫して進めることを狙う。
3つめは、未来のイノベーションの芽を育むことを目的とする個人型研究事業「さきがけ」に加え、より挑戦的、よりハイリスクな研究を支援する「さきがけ大挑戦型」の新設だ。選考の過程において、所期の研究成果を得る可能性が極めて低いとして振るい落とされている研究を、面接における若手研究者との面談の中で積極的に拾い上げていこうとする試みである。
4つめは、地域大学に数名以上の卓越リーダーを含む研究チームを創り出す試みである。地域に育った卓越した研究者を旧帝大などが招くことはこれまでにもよくあったが、その逆に地域に卓越研究者を集め、定着してもらうことはこれまで不可能と見られていた。「地域イノベーション創出総合支援事業」ではその「不可能」に挑戦する。そのための方策はJSTのきめ細かい支援のノウハウと学長を始めとする大学首脳陣、企業、地方自治体などとの人事や研究体制をめぐる共同作業である。
5つめは、途上国と日本の研究者が共同して地球規模の課題を研究する「科学技術ODA」と呼ばれる制度で、今年から本格化する。地球環境、防災、水や感染症の問題、植物多様性の保全などに取り組む。外務省と文部科学省が協力し、JICAとJSTの共同事業で取り組むこうした事例は国際的にも珍しく、早くも欧州の先進国から視察団が来るほど、注目されている。
自分の一生を懸けるに足る挑戦的で魅力的な研究テーマを特に若い人たちが探し出せる環境が整いつつあると考えている。
北澤宏一(きたざわ こういち)氏プロフィール
1943年長野県飯山市生まれ。長野高校卒、東京大学理学部卒、同大学院修士課程修了、米マサチューセッツ工科大学博士課程修了。東京大学工学部教授、科学技術振興機構理事などを経て2007年10月から現職。日本学術会議会員。専門分野は物理化学、固体物理、材料科学、磁気科学、超電導工学。特に高温超電導セラミックスの研究で国際的に知られ、80年代後半、高温超電導フィーバーの火付け役を果たす。著書に「科学技術者のみた日本・経済の夢」など。