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グループ・ボイスの提案〜ワン・ボイスの困難を補う、緊急時の研究者情報発信〜(横山広美 氏 / 東京大学大学院理学系研究科 科学コミュニケーション分野 准教授・広報室)

2012.12.06

横山広美 氏 / 東京大学大学院理学系研究科 科学コミュニケーション分野 准教授・広報室

東京大学大学院理学系研究科 科学コミュニケーション分野 准教授・広報室 横山広美 氏
横山広美 氏

 東日本大震災後、緊急時には研究者の意見をひとつにまとめて発表すべきであるという「ワン・ボイス」の議論が盛んに行われた。しかし緊急性を要したり、不確実性の高い科学の場合、「研究者内の合意形成」は必ずしも容易ではない。一刻も早く、有益な情報を科学者から国民に伝えるためにはどのようにしたらよいか。ここではワン・ボイスの困難を補う、「グループ・ボイス」について提案したい。

グループ・ボイスの提案

 東日本大震災後、研究者の情報発信の形態や質にはさまざまなものがあった。その中でも迅速に確度の高い情報提供をしたグループには共通点があった。ここでは一例として、原子核物理と地球科学のコミュニティの例を挙げたい。

 彼らは福島第一原発の事故を受け、自らが貢献できることを考え、住民および土壌の放射線測定に名乗りを挙げた。ただ、研究者がいきなり活動に乗り出そうとしても、自治体や住民とのネットワークもないので勝手に活動をすることはできなかった。そこで、文部科学省と連携し、外から見ると文部科学省が研究者に依頼する形で、測定したデータを確実に世に出していくことに成功した。

 大阪大学や東京大学の有志により行われたこうした活動を見ると、日ごろから共に研究活動を行っている研究者集団による「グループ・ボイス」注)が社会に貢献をしたことが分かる。「日ごろから共に」という点がポイントであり、信頼関係がすでにある間柄でこそ、合意形成が可能であった。分野によって流儀や常識が異なる中で、分野を越えた合意形成がどれだけ可能になるかは、現在でも未知数である。完璧を目指して何もしないのではなく、研究者の間でも意見の違いがあることを示しながら、政府・省庁を通じた発表を行っていけばよい。幸いなことに、インターネット環境がかなり整いつつある現在では、社会も大量の情報やさまざまな情報から、自らに必要な適切な情報を拾い上げることに慣れてきている。迅速性が要求されることもあり、その都度その都度、グループで真剣に議論をし、発表をしていくことしかできないだろうし、まさにそうした活動こそが社会にも求められるであろう。

 注)「グループ・ボイス」は横山による造語である。ワン・ボイスが科学者全体の声に対して、グループ・ボイスはそれぞれのグループによって発せられる声という意味で用いた。

法整備、そして責任の所在の整理

 そのためには、ワン・ボイスであってもグループ・ボイスであっても、下記の点はクリアにしておく必要がある。

 1つ目は法整備である。震災直後、地球惑星科学の研究者が放射性物質の拡散のデータを公表することは、気象業務法に抵触するのではないか、という議論があった。気象業務法の第17条には、「気象庁以外の者が気象、地象、津波、高潮、波浪又は洪水の予報の業務(以下「予報業務」という)を行おうとする場合は、気象庁長官の許可を受けなければならない」と定められている。放射性物質の拡散について迅速に情報を発信することが違法に当たるのかそうではないのか、当時ははっきりした情報を得ることは難しかった。

 事前に予測ができるハザード(災害)については体制を整えることができるが、社会を襲う新規ハザードについては、柔軟に対応できることが必要である。そこで緊急時に、明らかに社会貢献を目的とした科学的情報の提供に関しては、平時の法律を超えて情報提供を行う可能性について、担当省庁が中心となり、広く議論し整備することが必要ではないだろうか。

 2つ目は、責任の所在の整理である。研究者が情報を発信し、それが基になって予期しない混乱が生じた場合、その責任を誰が負うのか明確になっていないことも科学者の情報発信力を鈍らせた。科学者の役割は科学的助言であり、政治決定においてではない。この点をクリアにしておく必要がある。

システムとしてのグループ・ボイス

 緊急時に研究者が情報発信を行うのは、通常の研究成果の発表とは異なる。平時はそれぞれの論文誌に査読を経て、論文が掲載される。平時には社会に研究成果が発信されるのは、論文誌の掲載を待ってからのことが多いし、コミュニティとしてそれを厳守する研究者もいる。研究者の情報発信の信ぴょう性を確保しているのが論文発表になるからだ。しかし緊急時には論文掲載の前に、あるいはそもそも論文という形ではなく(つまり研究成果の発表という形ではなく)情報発信をすることが求められている。

 つまり緊急時の発表は、オーサライズがされていない。それをどのように担保するかが問題である。

 筆者は下記の図のように考える。グループ・ボイスでさまざまな研究グループから、当該の問題に対する科学的情報が発信される。発表は、「責任の所在を明らかにする」点から、各担当省庁を通しての発表形態が好ましい。ただしこれらのプロセスを、国民が常にチェックすることができるよう、研究グループは省庁に連絡を入れる段階から情報を公開し、プロセスを明らかにする必要がある。

システムとしてのグループ・ボイス

 問題は、異なる意見を持つグループが対立する場合、あるいは複数のグループが異なる意見を述べている場合である。研究の見地からして、異なる側面を議論したり、異なる見解を持つ研究者がいることはむしろ自然である。コミュニティは各グループに積極的な発言を求める一方、コミュニティ、つまり学会や日本学術会議などが推薦する、あるいは評価するシステムを連動させるとよいのではないだろうか。例えば学会や日本学術会議のホームページに、それぞれのグループの成果をリンクすると同時に、それぞれのグループを評価し、特に推薦するグループを示すなどの活動を行う。国民は学協会のグループへの評価を見ながら、それぞれの良しあしや活用できる点をピックアップすることができるだろう。

 もう一点、重要なのは、リスクマネジメントの要である首相に、科学者を代表する助言者がつくことである。震災後、話題になった英国の首席科学顧問のように、首相および政府に直接、意見をできる科学者は非常に重要である。緊急時のワン・ボイス発信の整備は、必ずしもグループ・ボイスと対立はせず、それぞれに整備を整えつつ、新規のクライシス(危機)に対して、社会にとってよりよい道を迅速に選択すればよい。要は議論の透明性であり、不確実性も議論の経過も、社会と共有しつつ進めることが必要だ。こうした整備が進むことで、科学者の力がクライシス時にも有効に社会に活用されることを願っている。

東京大学大学院理学系研究科 科学コミュニケーション分野 准教授・広報室 横山広美 氏
横山広美 氏
(よこやま ひろみ)

横山広美(よこやま ひろみ)氏のプロフィール
東京生まれ。雙葉高校卒。2004年東京理科大学大学院理工学研究科満期終了、素粒子実験で博士(理学)。学生時代から科学コミュニケーションに関連する活動を始め、博士号取得後、科学コミュニケーションを専門にする。東京工業大学研究員、総合研究大学院大学上級研究員を経て07年から現職。科学コミュニケーション研究会代表。日本学術会議連携会員(若手アカデミー委員会委員)。07年科学ジャーナリスト賞受賞。

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