19日付東京新聞朝刊「こちら特報部」が、福島原発事故の「事故調査・検証委員会」(委員長・畑村洋太郎・東京大学名誉教授)向けに出した日本原子力学会の声明をやり玉に上げている。
記事は、声明に対し事故調査・検証委員会の委員である柳田邦男氏が共同通信配信のコラムの中で強く反発した事実を伝える中で、専門家の責任とは何かを問いかけている。
問題の声明とは、7月7日にプレスリリースされた「福島第一原子力発電所事故『事故調査・検討委員会』の調査における個人の責任追及に偏らない調査を求める声明」。「今回の事故調査においては東京電力 福島第一原子力発電所および原子力防災センター(OFC)等の現場で運転、連絡調整に従事した関係者はもとより、事故炉の設計・建設・審査・検査等に関与した個人に対する責任追及を目的としないという立場を明確にすることが必要である」ということが、最も主張したいことと分かる。
その前段では、次のように書いている。「多くの被災者の皆さまに対する責任はもとより、わが国がこのような重大事故を起こしてしまったことに対する国際的責任を果たすには、事故原因の徹底的解明は不可欠である。そのためには事故対策に当たった政府並びに東京電力の関係者の正確で詳細な証言が必須となる。しかし、これまで、わが国の重大事故の調査においては、本来組織の問題として取り上げられるべきことまでが個人の責任に帰せられることを恐れて、しばしば関係者の正確な証言が得られないことがあった。今回、もしそのような理由から十分な原因究明が行われないこととなれば、重要な技術情報を得る機会を失うこととなる」
いずれも、もっともな主張のように見えるが、なぜ柳田氏が「調査される側の団体が調査機関に対し、調査方法について一定の枠組みを要請するというのは、前代未聞」と反発したのか。
民主党政権が一昨年、事業仕分けでスーパーコンピュータを初めとする科学技術予算に対しても厳しい態度でのぞんだ際の学界の反応が思い起こされる。ノーベル賞受賞者たちが怒りの記者会見を開いたり、総合9大学の学長が予算削減に反対声明を出すなどの行動が目立つ一方で、某新聞社に寄せられた読者の声は、学者たちの態度を傲慢(ごうまん)と批判する方が圧倒的に多かったという事実がある。
今回の日本原子力学会声明には、自分たちがこれまで原子力発電の安全確保にどのような責任を有し、欠けているものがあったのか、なかったのかといった記述が全くない。自分たちの不利益になりそうなことが生じるとにわかに声高になって、不利益をいち早く回避しようとするだけではないのか。一般の人たちにそんな誤解をされるのを恐れるなら、今からでも追加の声明でも出したらどうだろうか。
文部科学省 科学技術政策研究所が毎月実施して、結果を公表しているネット調査「科学技術に対する国民意識の変化について」に、科学者や学会に対する見方を問うた質問項目がある。
福島第一原子力発電所の事故に対する「科学者・学会等による意見表明が行われていると思うか」という問いに対する答は、「積極的に行っていると思う」が、事故後の4月から7月の間、毎月わずか1.2-2.2%の間に低迷しており、「どちらかというと行っていると思う」を合わせても2割に満たないという結果が出ている。