レビュー

日本にも首席科学顧問が必要では?

2011.05.31

 駐日英国大使館・政策研究大学院大学共催のシンポジウム「緊急事態における科学者の情報受発信 〜フクシマからの教訓〜」で、英国首席科学顧問のジョン・ベディントン卿が基調講演し、福島第一原子力発電所事故によっても英政府の原子力に対する見方に変化がないことを明らかにした。さらに、ベディントン卿の講演から、多くの人が感じたと思われることがある。科学者と政府の関係に関する日英の大きな違いだ。

 ベディントン卿は首席科学顧問に就任するまでインペリアル・カレッジで応用集団生物学の教授をしていた。首席科学顧問というポストは、第二次世界大戦時、チャーチル首相(当時)に始まって以来、歴代首相のアドバイザーとして必ず置かれている。米国の科学技術担当大統領補佐官とは違って政治的に任命されるポストではない。ベディントン卿はブラウン前首相(労働党)から現在のキャメロン首相(保守党)と続いて首席科学顧問の地位にある。米科学技術担当補佐官のような完全に政府の一員ではなく、科学界を代表し、首相に的確な助言をするのが役目という。

 シンポジウムの会場で、旧知の原子力関係者からもらった資料から、福島第一原子力発電所事故で首席科学顧問が果たした役割の一端が伺われる。資料は、事故の影響と対応について説明と助言を求める駐日英国大使館員とベディントン卿との対話記録(テレビ電話か?)だ。

 対話が行われたのは15日。事故発生から5日目で、菅首相が午前11時に福島第一原発半径20-30キロ圏内の住民に屋内退避指示を出した日だ。早朝には、2号機の格納容器圧力抑制室で爆発が起きている。「格納容器の一つに亀裂が発生した事実が認められた、という情報が日本時間午前5時ごろ届いた」とベディントン卿が明言しているのが、注目される。この日、枝野官房長官は午前11時7分から始まった記者会見で「2号炉の方で『ポン』というような音がしたという事態が生じた。小規模の水素の爆発が起こったか、何らかの爆発的事象が起こり、その結果として、圧力部分の一部が若干の破損をしたのではないかと思われている。ここから若干の放射性物質が気体として流出をしていることが推察をされている状況」と語っている。

 どちらが、事実をより正確に説明していたかが、よく分かる。

 ベディントン卿は事態が容易ならざるものであることを十分、承知した上で「20-30キロ圏外であれば、健康に関する問題は起こりえない」と日本政府の指示の妥当性をはっきり認めている。注目されるのは、科学者らしく根拠を具体的に示していることだ。

 「最悪のシナリオは、炉心溶融によって核燃料が格納容器に落下、コンクリートなどと反応し爆発、放射性物質が500メートル上空に上昇する」。しかし「30キロ圏外には全く問題はない」。なぜなら「チェルノブイリ事故では黒鉛炉心が火災を起こした結果、炎上物質は3万フィート(約3キロ)上昇し、それも何カ月も続いたのに、避難区域は約30キロ。30キロ圏外では放射性障害を受けたことを示す証拠は見つかっていない」…。

 こうした会話が交わされていた3月15日の時点で、日本の一般国民は炉心溶融の事実も、格納容器圧力抑制室の損傷の程度も、さらにはその意味するところも明快に説明されていなかった。英国の科学界を代表する人物と駐日英大使館員との間に既にこのような対話があった事実を知って、多くの日本国民はどう感じるだろうか。

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