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福島原子力発電所事故の対応における科学者の役割 第2回「国内外社会の期待に連結する活動を」(吉川弘之 氏 / 科学技術振興機構 研究開発戦略センター長)

2011.05.02

吉川弘之 氏 / 科学技術振興機構 研究開発戦略センター長

科学技術振興機構 研究開発戦略センター長 吉川弘之 氏
吉川弘之 氏

 緊急にするべきこと

 上に述べたように、原子力発電所事故への対応および震災の調査と復興支援においては、多様な科学的知識が必要であり、わが国にはそれに応える知識をもつ科学者がいるのに、両者の邂逅(かいこう)ができていないという状況がある。それを可能にするために、制度、科学者の行動規範、科学者コミュニティのあり方などを今後深く考えることが必要なのはもちろんであるが、現在の緊急事態において直ちにするべきことを以下に述べる。

  1. 情報開示について
    原発事故に対しては、まず事故状況と対応状況に関する情報を政府と共有し、科学的な評価と判断ができるようになることが必要である。共有には政府と科学コミュニティとの間の信頼関係が不可欠であり、そのため共有した情報の一般への開示は両者の合意に基づいて行うことが必要であろう。特に諸外国に対しては、早急に情報共有の場をつくる必要がある。これを怠ると、日本の科学者のみならず、日本の統治能力への不信が増大し、諸外国独自の調査を始めてしまう。これは国際的風評を含め、好ましくない結果を招くことは必定で、極力防止しなければならない。次項とも関係するが、政府と科学者コミュニティとの間の情報共有についての合意をできるだけ早く取り付ける。その上で世界の科学コミュニティと情報共有することを目的とした「国際フォーラム」をできるだけ早く開催しなければならない。この開催者を早急に決める必要がある。
    地震・津波については、多くの専門を含む科学者による調査が必要であり、調査主体である関連府省が大学、研究所などへ調査依頼すると思われるが、個人で関心をもつ科学者の研究を含め、不統一な体制で調査が行われた結果として重複や欠落が起こる、あるいは被災地での被調査者の負担が大きくなるなどのことが起こらないように全体を俯瞰(ふかん)しておくことが必要である。これは復興のための条件であると同時に、災害に科学的記録を残す、わが国の国際的責任である。これを行う仕組みを科学者コミュニティの中につくる。
  2. 助言について
    科学者の政府に対する助言は、総合科学技術会議の専門部会、各省の審議会、官邸や各省の参与、顧問など多様である。これらに関与する科学者が一堂に会して議論をする機会はないから、各科学者は自分の能力と思想によって助言を行う。このこと自体は悪いことではないが、統一のない助言が政治的対立を増幅し、決定を遅らせ、決定が結局科学的根拠のない妥協的なものとなることの可能性は古くから指摘されている。これを回避するために個人助言とは別に科学者コミュニティの合意した声が必要であるが、これは前述のように現在の制度では日本学術会議が行うしかない。したがって、日本学術会議が必要な情報を入手し、合意した助言を行うことが必要である。(すでに行われた情報入手についての努力を通して入手の困難なことが明らかとなっているが、さらに努力を重ねるしかない)
  3. 復興計画について
    日本学術会議の決意表明ともいうべき緊急報告(3月21日)は重要であり、それに応えて行動する一例を提案する。緊急報告では、復興すると同時に日本の発展が必要と述べている。そこで科学者として復興支援を通じての“科学者の発展”を考える。今回の震災において科学者の緊急の対応や社会貢献が十分できていないことの原因の一つは、科学者の日常の研究が社会の科学への期待(社会的期待)と十分連結していなかったことにあると考えられる。もし復興支援を目標として研究するなら、復興の主体である被災者の期待と連結した研究課題が選ばれなければならないであろう。
    このような研究にはさまざまな形態があり得るが、もっとも直截(ちょくせつ)には、被災地の復興集団に科学者が参加し、そこの社会的期待を課題として研究し、その結果を被災者との共同作業で復興に注入することによって復興を高度化する。このような研究は、研究課題と社会的期待の連結を事実として構成する先行的な事例となることが期待される。言い換えれば、復興のための研究が科学者と社会との間に新しい関係をつくり上げ、それは結果として、復興と同時に持続性時代において期待される科学者の発展をもたらす。これを具体化するためにはこのような研究を行う科学者の参加がまず必要であるが、東北大学の井上明久総長の「災害復興・地域再生重点研究事業構想」(2011年4月14日)にはこのような研究プロジェクトの構想が述べられており、東北大学を中心として全国の研究者が参加する、多くの地域におけるこのような研究が多数実施されることが期待される。

復興の目

 開発の時代から持続性の時代へと移る過程で、私たちはすでに科学研究のあり方を考え直さなければならないことを議論してきたのであった。それは科学者の知的好奇心に依拠する研究のみが真の基礎研究であるとする考え方の修正である。別の言い方をすれば、真の基礎研究には、科学者が自らの専門の中で抱く内在的な好奇心を出発とする研究に加えて、自らの研究課題を自然あるいは社会に潜在する重大な問題の発見を通じて定め、それを出発として行う研究をも基礎研究とするという考え方である。これは課題発見研究と課題解決研究とが統合された研究であり、基礎研究の条件である研究の自立性が、伝統的な好奇心研究よりも高い。

 このような研究は、文理を越えた方法を必要とし、科学コミュニティと社会を含む再帰的なループ構造の中で研究が行われるもので、要素として地域研究を含むものであり、上に提案した復興研究はこの型に入ると思われる。考えてみれば、持続性時代における科学研究とは、人類の行動が原因であるか、あるいはそれによって拡大された災害に対し、それを軽減あるいは適応することによって乗り越えてゆく課題が主なものである。しかも今、それは“地域気候変動研究”(Regional climate change research)と呼ばれるように、世界の地域ごとに独自の研究が行われる体制が取られつつある。したがって、今回の災害は、それに対する科学者の対応がこの災害を収束させた時に終わるものでなく、これからの持続性時代に必要な科学者の研究のあり方に対して極めて重大な問題を投げかけていると考えなければならないであろう。

科学技術振興機構 研究開発戦略センター長 吉川弘之 氏
吉川弘之 氏
(よしかわ ひろゆき)

吉川弘之(よしかわ ひろゆき)氏のプロフィール
東京都立日比谷高校卒、56年東京大学工学部精密工学科卒、株式会社科学研究所(現・理化学研究所)入所、78年東京大学工学部教授、89年同工学部長、93年東京大学総長、97年日本学術会議会長、日本学術振興会会長、98年放送大学学長、2001年産業技術総合研究所理事長。2009年4月から現職。1999年から2002年まで国際科学会議会長も務める。1997年日本国際賞受賞。「社会のための科学」の重要性をうたった「科学と科学的知識の利用に関する世界宣言」を採択した99年世界科学会議(ユネスコと国際科学会議共催)で、基調報告を行う。科学者の社会的責任、基礎研究における課題解決型研究の重要性を一貫して主張し続けており、産業技術総合研究所の研究開発方針でもその考え方を貫いた。

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