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福島原子力発電所事故の対応における科学者の役割 第1回「「合意した声」で速やかに行動を」(吉川弘之 氏 / 科学技術振興機構 研究開発戦略センター長)

2011.04.29

吉川弘之 氏 / 科学技術振興機構 研究開発戦略センター長

科学技術振興機構 研究開発戦略センター長 吉川弘之 氏
吉川弘之 氏

状況

 政府、関連省庁、原子力安全・保安院、原子力安全委員会、自衛隊、消防庁、統合本部、東京電力、関連企業、政府参与、外国専門家などが、それぞれ“懸命に”努力していることが報道され、また現場の状況は想像を超える過酷なものである。

不安

  1. 外部者の不安
    これらの懸命の努力によって、破滅的状況を回避していることは確かであるが、終息に向けて予想される経過は決して楽観できない状況にある。今までのところ次々に新しい困難な問題が起こり、そのつど新しい発想でそれを乗り越えるという経過が見て取れる。今までのところ乗り越えてきたとは言えるが、対応作業の外部者である私たちにとって、事故拡大の恐れ、次に何が起こるか分からないという不安、今の状況についての不確かな知識による疑心暗鬼などを払拭(ふっしょく)することはとてもできない状況にある。
  2. 諸外国の不安
    諸外国は、それぞれ異なる点からではあるが、いずれも大きな関心をもっている。それぞれ固有の情報を入手しているのであろうが、それは十分ではないと考えられ、多くの不安や不満が寄せられている。これらの不安や不満は、間もなく何らかの行動になることが予想されるが、それが日本と独立の行動になることは避けなければならない。
  3. 近隣居住者の不安
    上述の不安は、近隣居住者にとって最大であり、計り知れないほど大きいであろう。特に放射能の健康への影響、生活拠点の確保、生産事業の見通しについては、できるだけ厳密な情報を支援策とともに提供する必要がある。これは震災復興の中の大きな問題であり、近隣者への人道的問題であるだけでなく、復興の成功の可否にかかわる深刻な問題である。

科学者の役割

 このような状況の中で、緊急事態に対応する科学的知識が必要とされる現在、科学者がその持つ能力を結集し、問題の対応に生かす方法を考える。そのための枠組みは以下のようなものである。

  1. わが国において、科学者コミュニティが科学者の能力を結集して、「合意した声」(unique voice)である助言を提出する可能性をもつのは日本学術会議である。
  2. このような大災害という危機においての「合意した声」としての助言は、自らの関与に言及せずに「国は、すべきである」というような他人任せ、あるいは自分の研究を適用するために「費用が必要」というような陳情型、十分な根拠なしに「こうすればうまくいく」というような思いつき型は極力避けることが望まれる。そうではなく、現実に科学者集団が持っている能力、十分な情報に基づく科学的根拠、さらに科学者が災害に立ち向かう意志・意図を前提として、「この点について貢献ができる」と意思表示することが危機に有効に対処する助言となる。その上で初めて、意思表示した科学者が現実にできることに基礎をおいて「するべきである」という助言も可能となる。(「合意した声」とは別に科学者個人の助言もありうるし、望まれもするが、この時もその個人が自らその助言の行動の実行者あるいは責任者となる意思と能力をもつことが前提になることは言うまでもない)。
  3. 科学者の貢献は、復興全般では、調査、復興計画、実施協力であるが、原発事故に関しては、調査は事故状況、対応過程の客観的把握と情報開示、特に放射能の状況の把握と開示、復興計画は事故の進行予測と復興計画への助言と協力、おそらく長期にわたる事故対応で生じるであろう諸問題の予測と対応助言などである。
  4. 科学者の「合意した声」(unique voice)である助言の対象は政府である。
  5. 科学者の「合意した声」である情報を開示するとき、その対象は、政府のみならず、近隣居住者、一般社会、および諸外国のアカデミーである。
  6. 情報開示、助言をしようとするときには、様々な意見、見解をもつ科学者は、協力的な研究と討論を通してそれらを「合意した声」に集約する努力をしなければならない(注参照)。

科学者コミュニティの行動

 現在、日本学術会議を始めとしていくつかの学会あるいは科学者個人から提言などが提出されているが、それは決して十分なものではないと考える。その理由としてまず認識すべきことは、わが国における科学者(専門家を含む)の位置づけである。原発事故処理において(残念なことに大震災の復興計画についても)、科学者がまとまった活躍の場を与えられていない。いろいろな場面での助言が求められ、個々の科学者はそれに忠実に答えているが、異なる場面と状況で、また限られた情報をもとにした助言であって相互に一貫性がなく、一般社会に混乱を与える可能性がある。また政治に対する個人の助言が陳情であると解釈された場合があったが、不幸なことである。科学者が「合意した声」(unique voice)を出す仕組みが不十分なのはわが国の科学と社会の関係の未熟な状況が原因であり、それをつくる努力が日本学術会議や学会などでされているものの、まだ途上である。このことが原因となって、わが国の科学者が持つ知識を結集した「科学者集団(科学者コミュニティ)の知識」がこの深刻な状況に対して生かされていないのは深刻な問題である。現実に次のような問題が生じている。

  1. 情報開示
    原発の事故状況について、事故に対応している政府、東電、原子力安全・保安院からメデイアに対して随時報告されているが、科学コミュニティは対応の外側にあって、科学コミュニティが専門的な判断をするためのデータを入手できないでいる。このため、科学者の使命である科学的根拠をもつ事故に関する情報および評価を一般社会、諸外国に開示できない。特に諸外国のアカデミーに対する情報開示について緊急に科学コミュニティとして対策を考えないと深刻な問題が起こる。このことは現時点だけでなく、原発事故に加え、震災・津波被害に関してこれから予想される長い経過における問題でもあり、調査も含めて情報入手と情報開示の体制を整える必要がある。
  2. 助言
    科学者コミュニティの助言は前述のように「科学的に根拠づけられた合意した声」であることが望ましい。そのために、(1)で述べたデータが必要であり、それなしでは抽象的な助言に留まらざるを得ない。現在、科学者コミュニテイが政治に対して助言を届けるパイプは日本学術会議である(日本学術会議法第4条、第5条)。また科学者の内外に対する代表機関であるから(同、第2条)一般社会、諸外国に対し、震災および原子力事故に関して、科学者の立場で科学的判断を表明する責任がある。現在までにいくつかの緊急提言が公表されているが、政府に対する直接の助言は行われていない。
  3. 復興計画
    日本学術会議は日本学術会議緊急集会(“今、われわれにできることは何か”(3月18日)緊急報告第8項報告、3月21日)で、“被害から立ち上がり復興を果たし、再生日本を構築でき、その日本の社会が持続的に安全で生活の質も向上し続けるために”あらゆる貢献をする決意を示している。これは「合意した声」であり、科学者はこれを実行するのであるが、各分野で具体的な行動が行われるのはこれからであり、現在グランドデザインを検討中である。これが個々の科学者の復興に対して有効な行動を可能にするものであることを期待するが、そのことはまだ分からない。

 (注)科学者の「合意した声」(unique voice)について
科学者の「合意した声」(unique voice)は、事実によって根拠づけられて(evidence based)いなければならない。この場合、どこまで合意されているかは科学的解明の程度に依存する。なお事実による根拠は、過去のデータだけに限定されない。データを使った論理的推論やシミュレーションを含む予測も含まれる。この予測は、一部の理学的予測の場合を例外として、多く本質的な不確実さを含む。したがってその予測は議論の対象として明示し、時の経過に従って増えてゆくデータを常に適用して、予測内容を常時変更する、“動的予測”でなければならない。根拠(evidence)の質に依拠して合意の程度が変わるから、助言には次の水準がある:

  1. 情報開示
    十分な根拠が得られ、科学者が合意する結論が得られる場合。それは行動助言を可能にする。提言はデータの開示と評価、行動助言。(行動の決定はもちろん政治である)
  2. 助言
    不確実性が無視できない場合。この場合は、データを示し、複数の評価、あるいは行動助言を示すことになる。合意された行動助言はできない。できるのは複数の短期的政策の実施の可能性を示し、各政策の実施に並行して、科学的調査(評価)を科学者が行うことを申し出る(動的予測)。
  3. 復興計画
    不確実な場合。多くの科学者の発言を可能にするフォーラムを開催する。そこで結論が出れば(2)に移行するが、そうならない時は科学者たちの発言(データと個人的評価)をそのまま公表する。しかしそのまま放置するのでなく、フォーラムをそれ以後のデータの精緻化により、根拠を蓄積する場所とする(科学者の役割意識と協力なしにはできない)。これも動的予測である。
    このような予測と政策提言は、福島第一原発処理(発電所処理と住民の健康管理)と津波からの復興いずれにおいても必要であり、緊急に実施する必要がある。

     ここで再び、提言は、“それが採択されたとき科学者自身が行動する準備がある”ことを前提とするものに限ることを確認しておく。

科学技術振興機構 研究開発戦略センター長 吉川弘之 氏
吉川弘之 氏
(よしかわ ひろゆき)

吉川弘之(よしかわ ひろゆき)氏のプロフィール
東京都立日比谷高校卒、56年東京大学工学部精密工学科卒、株式会社科学研究所(現・理化学研究所)入所、78年東京大学工学部教授、89年同工学部長、93年東京大学総長、97年日本学術会議会長、日本学術振興会会長、98年放送大学学長、2001年産業技術総合研究所理事長。2009年4月から現職。1999年から2002年まで国際科学会議会長も務める。1997年日本国際賞受賞。「社会のための科学」の重要性をうたった「科学と科学的知識の利用に関する世界宣言」を採択した99年世界科学会議(ユネスコと国際科学会議共催)で、基調報告を行う。科学者の社会的責任、基礎研究における課題解決型研究の重要性を一貫して主張し続けており、産業技術総合研究所の研究開発方針でもその考え方を貫いた。

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