インタビュー

第1回「住民の不安、疑問に応えるための情報発信を」(阿部博之 氏 / 科学技術振興機構 顧問、元東北大学 総長)

2011.06.27

阿部博之 氏 / 科学技術振興機構 顧問、元東北大学 総長

「科学者よ、国家的な危機克服の牽引車たれ」

阿部博之氏
阿部博之氏

東日本大震災をきっかけに東京電力福島第一原子力発電所で甚大な爆発事故が起き、乳幼児を抱えた母親たちは放射性物質の拡散に不安な毎日を送っている。原発の安全神話を政府、電力会社と共につくり上げてきた多くの科学者・技術者たちは、事故が起きた途端に「想定外」との言い訳や沈黙を始めた。これでは科学技術に対する国民の信頼も揺らぎかねない。日本の科学技術政策の司令塔ともいわれる総合科学技術会議の筆頭議員でもあった元東北大学総長の阿部博之・科学技術振興機構顧問が、「事故は科学者・技術者の責任だ。もっと倫理観を持て」と喝を入れ、国民の信頼を取り戻すよう呼びかけている。

―巨大地震と大津波で東北、関東地方では甚大な被害を受けました。さらに東電・福島第一原発の爆発、放射性物質の拡散事故は、国内はもとより世界中に大きな衝撃を与えました。これはまさに人災事故です。阿部顧問は以前から科学者・技術者に対して「知のエートス、倫理観を持て」と繰り返し主張してこられました(サイエンス・ポータル インタビュー2009年5月27日参照)。その指摘が、いままた大変な重みをもって響いてきます。

この事故の責任が、東京電力にあるのは当然ですが、歴代の内閣や関連する府省の担当者、原子力委員会、原子力安全委員会、原子力安全・保安院などにも及ぶはずです。さらに(大学、企業などに所属する)科学者・技術者も責任は免れません。甚大事故にいたる前に、科学者・技術者としてこれらの担当閣僚や役所などに対して、また企業の経営者に対して科学的根拠に基づいてきちんと説明をしてきたのかどうか大変疑問に思います。つまり倫理観の希薄化が気がかりです。

私がいう技術者とは高等教育を受けたエンジニアで、安全設計などにイニシアチブをもつ専門家を指します。まとめて科学者と呼んでおきましょう。菅直人首相が、中部電力・浜岡原発の運転停止を誰にも相談しないで決めたと言われていますが、それは間違いではないか。少なくとも間接的には科学者の意見を聞いているはずです。日本でも首相の政策決定に関与する科学アドバイザーの役割を、この際にもう一度考え直す必要があります。

―科学者・技術者の責任感や説得力についてもう少し説明してください。

私の専門は材料力学です。原子力を研究対象にしたことはありません。しかし原子力発電所というものは原子力工学の専門家だけでなく、機械、電気、材料、建設などさまざまな専門家による総合的なシステムとしてつくられ、また運転・管理にも幅広い専門家が参画しています。ですから電力会社の役員やメーカーの技術者の中には私の講義を聞いた人もいます。科学者の責任を論ずれば当然、私の責任も含まれてくるでしょう。

材料力学でいう安全設計とか健全性とは何か。例えば100の外力がかかるところに、ギリギリ耐えられる設計をすることはない。必ず予期せぬ不確定な力がかかるため安全率に十分な余裕をもたせます。どんな材料や外力にも不確定な部分がありますが、それをどれだけ確定的に把握するかが設計のポイントであって、言い換えれば想定外のことを早い段階でいかに考慮するかが安全設計の要諦(ようてい)なのです。「想定外だから壊れた」というのは安全設計の意識が全くないということです。

そういう状況を押さえた上で、巨大地震・津波に襲われた東電の福島第一原発と、東北電力の女川原発、日本原子力発電の東海第二原発との間で、被害結果になぜ明暗が分かれたかを考えるのは非常に興味深いことです。大津波が起こりうることと原発の電源喪失の恐れは内外から指摘されていたため、3原発の関係者は十分に認識していたはずです。女川原発は津波の予想の2倍以上の高地に発電所を建設し、東海第二原発も防波堤のかさ上げ工事をしていたために、被害が少なくて済んだといわれています。このように企業や組織の取り組みには濃淡があったのです。

組織のトップや企業の経営者が、短期的なコストや成果を重視すれば、誰だって高価なかさ上げ工事に踏み切ることをちゅうちょします。特に安全性に対する基本的な原理原則を上層部に説明するのはそう簡単ではありません。日本の企業は総合職を重視する傾向が強いですから、専門家の主張をなかなか聞いてもらえません。

エンジニアはわからず屋の上司とやり合うくらいの気構えで、専門性を踏まえつつ、安全確保の雰囲気をつくることが課題です。工学部の卒業生なら安全率に対する考え方を聞けば必ず答えられるでしょうが、覚えているけれどもそれが実行できていないところに科学者・技術者の弱点があるのではないかと思います。

世界中が福島原発の事故にショックを受けています。いったい日本の科学者はどう考えているのかと。放射線量の許容値について政府や東電はあれこれ説明しているが、子供を持った母親などは本当のところはどうなのかと疑問視しています。説明を求められているのに、日本の科学者コミュニティーはなかなか明確に発言してきませんでした。今こそ専門家の矜持(きょうじ)として、科学的事実に基づいた統一的見解をまとめることや、そのための努力をすることが必要なのです。

(科学ジャーナリスト 浅羽 雅晴)

(続く)

阿部博之 氏
(あべ ひろゆき)
阿部博之 氏
(あべ ひろゆき)

阿部博之(あべ ひろゆき) 氏のプロフィール
1936年生まれ。宮城県仙台第二高校、59年東北大学工学部卒業。日本電気株式会社入社(62年まで)、67年東北大学大学院機械工学専攻博士課程修了、工学博士。77年東北大学教授、93年東北大学工学部長・工学研究科長。96年東北大学総長、2002年東北大学名誉教授。03年1月-07年1月、総合科学技術会議議員。02年には知的財産戦略会議の座長を務め、「知的財産戦略大綱」をまとめる。現在、科学技術振興機構顧問。専門は機械工学、材料力学、固体力学。

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