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学者・実務者の協力で課題克服を(古川勝久 氏 / 科学技術振興機構 社会技術研究開発センターフェロー)

2010.03.17

古川勝久 氏 / 科学技術振興機構 社会技術研究開発センターフェロー

科学技術振興機構 社会技術研究開発センターフェロー 古川勝久 氏
古川勝久 氏

 2月17日-20日の間、米ニューオリンズで、国際関係論に特化した学会としては世界最大規模の「ISA 2010」が開かれた。ISA(International Studies Association)は1959年に発足し80カ国以上から4千人を超すメンバーが会員として参加している。

 今年の年次大会のテーマは、「理論 VS 政策? 学者と実務当局者をつなぐ(Theory vs. Policy? Connecting Scholars and Practitioners)」だった。数百に上るセッションで、学会と政府、産業界、NGOなどとの協力関係の重要性が強調されるとともに、社会科学関連の学会でも、さまざまな学際的分野の融合による研究協力の重要性が唱えられていた。具体的な課題としては、科学技術の進展が安全保障にもたらす意味合いや、エネルギー、北極圏、アフリカ開発、破たん国家への対処が国際関係にもたらす影響、中国とインドの台頭などをめぐり、活発な議論が展開された。

気候変動と南アジア

 筆者は、「インドと主要諸国」というタイトルのパネルセッションで、日印関係について発表した。中でも、今後、気候変動や都市化の進展、テロ・犯罪の拡散などの問題が、インドを含む南アジア情勢全般にどのような影響をもたらし得るか、日本にとってどのような意味合いがあるのか、などに焦点をあてて発表した。

 近年、アフリカ開発はG8(先進8カ国財務相・中央銀行総裁会議)などの正式アジェンダとなり、アフリカにおける開発や感染症対策における国際協力の重要性は折あるごとに合意されてきたところである。しかし、貧困層の絶対者数が最多なのは、インドを含む南アジアだ。にもかかわらず、アフリカに比べれば、南アジアへの開発支援面での国際協力については、さほど国際的に大きな関心が寄せられたことがない。

 南アジアでは、バングラデシュ、スリランカ、ネパール、パキスタンなど、ガバナンス能力が極めて低い国々が大半である。腐敗や社会経済開発の停滞は、テロや犯罪の温床とされており、人口の急激な増加にもかかわらず、失業率が高いため、これらの問題にさらなる拍車がかかることが予想され得る。中でも、パキスタンは、核兵器を保有する国で、しかもテロ活動が活性化の一途をたどっており、すでに近年の安全保障上の最大の懸念国の一つとなっている。

 また、今後、気候変動の進展は、人口が急増する南アジアにおいて、水資源の減少や農作物の収穫量の減少をもたらすことが考えられ得る。さらに、南アジアでは、感染症も極めて深刻な問題となっており、気候変動の進展とともに気温・天候が変化するにつれ、感染症の地理的拡大や新興感染症などの新たな問題が発生しつつある。加えて、都市化の進展は、沿岸部の人口急増を生み出しており、異常気象や大地震、津波などに対する大都市の脆弱(ぜいじゃく)性を高めつつある。

 このように、南アジアの国々ではすでにガバナンス能力が低い状況であるにもかかわらず、気候変動のさらなる進展は、これらの国々のガバナンス能力にさらに大きな悪影響をもたらすことが想像される。内政問題対処のためにより多くのリソースが必要とされるようになれば、それだけ国際協力のための能力にも制限が出てくる事態も考えられる。しかも、歴史的に、内政問題の責任を外国に転嫁させるような外交姿勢は、さまざまな国々でも見受けられてきた。今後、もしこのような外交姿勢が一般的になると、国際協力の余地はさらに縮小されるかもしれない。

 日本にとって、中東湾岸地域からインド洋、マラッカ海峡を経るシーレーンの安定確保は極めて重要な課題だ。南アジア地域の安定性がより一層脅かされるようになれば、これらの海域における海洋セキュリティ面でも深刻な影響が予測され得る。

科学的研究と政策の融合の重要性

 昨年末より、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)が採用したデータの中に、地球温暖化の有力な証拠とされるデータがねつ造されていたことが発覚し、これはいわゆる「クライメートゲート(Climategate)事件」と称されている。このようなデータねつ造が、地球温暖化の見通しにどれほどの影響を及ぼしているのか、今後の科学的検証が待たれるところである。しかし、もし今後のマクロなトレンドに大きな影響を与えるものではないとすれば、南アジアにおいて派生する恐れが大きい上記の諸問題については、問題の深刻さの程度こそ違うかもしれないが、真剣な対処が必要となることが推察され得る。今後、徹底した研究が待たれるところだ。

 その上で、自然科学的研究と社会科学的研究を学際的に融合させ、より正確かつ詳細な状況把握、将来見通し、そして対処などに関する研究を進めることが求められる。

 今回のISA総会では、デイビッド・レイクISA会長(カリフォルニア大学サンディエゴ校教授)が基調講演を行った。レイク 氏は、気候変動や感染症、テロ・犯罪など地域を越えた地球規模課題への対処のためにも、自然科学的アプローチと社会科学的アプローチとの融合の重要性、さらに自然科学者と政策実務者、社会科学者などとの間でコミュニティ同士の協力関係を構築する重要性を強調していた。

 日本においても、科学技術を社会的課題への対処に生かすために「社会科学」や「科学技術イノベーションと社会イノベーション」などの新しい概念が提唱されるに至っている(注)

 自然科学研究コミュニティと社会科学研究コミュニティとの間の橋渡しをするための制度がより深化されることが望まれる。

注)
科学技術振興機構・研究開発戦略センター編「グリーン・ニューディール-オバマ大統領の科学技術政策と日本」(2009年、196-197ページ)

科学技術振興機構 社会技術研究開発センターフェロー 古川勝久 氏
古川勝久 氏
(ふるかわ かつひさ)

古川勝久(ふるかわ かつひさ) 氏のプロフィール
愛光学園高校(松山市)卒、1990年慶応義塾大学経済学部卒。98年米ハーバード大学ケネディー行政大学院修士号取得。日本鋼管株式会社、平成維新の会・大前研一事務所、米アメリカン・エンタープライズ研究所、NHKワシントンDC支局、外交問題評議会、モントレー国際問題研究所不拡散研究センターなどを経て、2004年から現職。専門は国際関係、安全保障、危機管理。1999年第5回読売新聞論壇新人賞優秀賞、2000年第16回「佐藤栄作賞」優秀賞受賞。

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