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「環境への貢献」外交基準に(北澤宏一 氏 / 科学技術振興機構 理事長)

2009.02.02

北澤宏一 氏 / 科学技術振興機構 理事長

信濃毎日新聞 2009年1月12日朝刊「科学面」から転載

科学技術振興機構 理事長 北澤宏一 氏
北澤宏一 氏

いよいよオバマ米大統領が誕生する。地球環境に消極的であった米国政府が一転、自然エネルギー、省エネ、エコカーなどへの巨額投資を決め、500万人の新たな職を創り出す計画を打ち出した。1929年の世界大恐慌に対処した「ニューディール政策」になぞらえて「グリーン・ニューディール政策」と呼ばれ始めた。このような動きはまもなく「地球環境イデオロギー時代」と呼ばれる時代を必然的に創りだすと私は予測する。

 イデオロギーは社会の根底を決める規範だ。個人の生活様式を規定するだけでなく、外交の基本的判断基準にもなる。90年までの世界は、資本主義か社会主義かという国家の選択をめぐり、米ソが拮抗し、小国は合従連衡を繰り返した。

 地球温暖化に最も関心を払う欧州とそれに続こうとする米国、まだ方針の定まらない日本、これからの経済発展を期待する中国やロシア、インド—。21世紀は、地球環境への貢献度を指標とした国家間のせめぎ合いが始まるであろう。

 欧米が「低炭素社会」化を進めれば、他国へも同様の努力を必ずや迫る。一部の国が炭酸ガス排出量を減らしても他の国々が協力しなければ実効は上がらないからだ。そうなると、炭酸ガス排出量の多い国からの輸入には高い関税をかけるなど、ぎりぎりとした外交交渉が行われる時代が必ず来る。それが「地球環境イデオロギー時代」だ。

 欧州連合(EU)欧州委員会(バローゾ委員長)は2008年1月、包括的提案“20 20 by 2020”を出した。温暖化ガス排出を2020年までに20%削減し、全エネルギーに占める再生可能エネルギーを20%まで高める内容だ。現在、加盟諸国による批准を待っている。

 批准国は毎年、国内総生産(GDP)の0.5%をこの計画遂行に拠出する。「いまこの努力を始めれば、12年後には『それ以降は燃料代の不要な国産エネルギー源』を20%分遺産として子どもたちの世代に残せる」というのが同委員会の主張だ。EU諸国の電力の31%は原子力、14%はすでに再生可能エネルギーが占める。残り55%の化石エネルギー源の置き換えを進めることになる。

 これを日本に当てはめると、年約3兆円、つまり、国民一人当たり年3万円を拠出する計算だ。すでにドイツでは国民一人当たり1万円程度が太陽電池に投資されているが、その3倍に相当する。

 日本では年間90兆円以上の個人支出が娯楽費に回る。国民がその気にさえなれば、年3兆円の拠出は容易なはずだ。金融恐慌の中では、実態経済の縮小を避けることが重要だ。日本は高い環境・省エネ技術を持ち、また世界最大の対外純資産を持つ。世界は日本が大胆な目標を立て、地球環境イデオロギー時代をリードすることを期待するだろう。

科学技術振興機構 理事長 北澤宏一 氏
北澤宏一 氏
(きたざわ こういち)

北澤宏一(きたざわ こういち)氏のプロフィール
11943年長野県飯山市生まれ。長野高校卒、東京大学理学部卒、同大学院修士課程修了、米マサチューセッツ工科大学博士課程修了。東京大学工学部教授、科学技術振興機構理事などを経て2007年10月から現職。日本学術会議会員。専門分野は物理化学、固体物理、材料科学、磁気科学、超電導工学。特に高温超電導セラミックスの研究で国際的に知られ、80年代後半、高温超電導フィーバーの火付け役を果たす。著書に「科学技術者のみた日本・経済の夢」など。

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