新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は世界のあらゆる人々に直接、間接に大きな影響を与えている。国連が「誰一人取り残さない」を目標に掲げる通り、この機会に私たちは自分たちだけでなく、低中所得国の人々の健康、保健衛生にも改めて思いを向けたい。こうした中、国際保健分野の課題にビジネスで挑む若手リーダーを発掘し、応援するためのイベントがオンラインで開かれた。彼らの試行錯誤の報告から、熱い使命感と、抱え込むさまざまな悩みが浮かび上がった。
実現したい未来を目指す若者たち
このイベントは「Vision Hacker Awards 2021 for SDG 3」(ビジョンハッカー支援アワード2021)で、NPO法人ETIC.(エティック)が運営し10月25日に開かれた。ビジョンハッカーとは、志を持って事業を興す若者に対し、未来を書き換えていく次世代リーダーになるとの期待を込めた呼び名だ。
SDGs(エスディージーズ、Sustainable Development Goals)は世界の誰一人取り残さず、持続可能で多様性と包摂性のある社会を2030年までに実現するとの開発目標。15年の国連サミットで採択された。今回のイベント名の「SDG」に続く「3」は、SDGsの17の目標のうち「すべての人に健康と福祉を」が3番目であることに由来する。
アワードには102件の応募があり、5月の選考会で「大賞」3人、「シード賞」5人が選ばれた。20~30歳代を中心とする彼らはその後5カ月間、マイクロソフト元会長のビル・ゲイツ氏と妻が創設した慈善基金団体「ビル&メリンダ・ゲイツ財団」から支援金を受け、メンター(助言者)となる各分野の専門家からアドバイスを受けながら、それぞれのプロジェクトを進めてきた。
実現したい未来にぐっと近づける--。若者たちはアワードに、そんな魅力を感じたのではないか。今回のイベントはその活動報告会だ。
困難や悩みに多彩なアドバイス
冒頭、ETIC.の倉辻悠平さんは「この5カ月間、コロナの影響を受け続け、皆さんは大変苦しかったと思う」と切り出した。海外のプロジェクトが多く、受賞者たちは現地に行けないことに悩む日々だった。組織やリーダーシップのあり方に目を向け、プロジェクトを磨き上げる時間に充てた人もいるという。「この会が明日からの糧になるよう、新たな視座や気付きに結び付く議論、フィードバックを」と呼びかけた。
受賞者からは5カ月間の歩みや展望に加え、抱えている困難や悩みが打ち明けられた。昆虫食の普及を通じて低中所得国の栄養問題に取り組む池田健介さんについて、メンターの一人は、妊婦の栄養や離乳食に注目していることの独自性を評価。その上で、「人々に食べ続けてもらうには味のバリエーションを」とアドバイスした。別のメンターは「やりたいことがたくさんあっても、まずは絞った方がよい」とした。
稲垣=ハリス葉子さんは支援金で行った市場調査を基に、ギニアでランドリー(洗濯)事業を始めている。医学生の島戸麻彩子さんは低中所得国の医療従事者のための研修プログラムを準備しており、まずはケニアと日本の医療機関で試行する。
眼科医の清水映輔さんの夢は、2025年までに世界の失明を半分に減らすこと。目標達成に向け、自ら開発した医療機器を普及させるためのアドバイスを受けた。アシル・アハメッドさんはバングラデシュの薬局を支援する会社を設立。競合の存在や健康診断に関する国民の意識向上、医療データの取り扱いなどについて相談した。
「一つ一つの行動が未来をつむぐ」
受賞者からは、コミュニケーションや人材など、人に関する悩みも相次いだ。タンザニアでカフェの運営やサッカーチームの支援、せっけんの開発などを手がける角田弥央さんは、現地スタッフとの意思疎通がうまくいかないことがあるという。ネパールで地域に根ざした医療モデルの構築を進める任喜史さんは協力者の確保が難しい現状を挙げ、現地のNPOに協力を求めることや、紹介を受けることについてアドバイスを得た。
受賞者のこうした課題に対し、あるメンターは現地企業とのコラボレーションを提案。「企業の力を使えば、足りない人材やブランド力を得られる」とした。「人材の悩みを持たない経営者をみたことがない。モチベーションを維持できるよう、自分のことから整理を」と背中を押す声もあった。
「患者を救いたい、子どもを守りたい、という思いが集まって社会になり、それが未来につながっていく。『僕らがリーダーで、社会問題を解決する』というより、一つ一つの行動が結果的に未来をつむいでいく」。そう語ったのは、マラウイの衛生問題に取り組む吉川雄介さん。「国際保健に関する課題や、現地の人々の暮らし、そこから感じ取った思いを伝えていきたい」と意気込んだ。
報告会は受賞者への激励の拍手と共に幕を閉じた。その後の交流会では、吉川さんと共に事業を進める椎木睦美さんが「ビジョンハッカーは選考時はライバル同士だったが、今は同じ思いや悩みを持つ仲間」と語る姿が印象的だった。
新たな発想と行動で、世界を未来へ動かそうとするビジョンハッカーたち。コロナ禍の終息とともに、彼らのビジネスが実る未来が待ち遠しい。