レビュー

「科学技術」と「科学・技術」の違い

2010.01.05

 2020年を見据えた「新成長戦略(基本方針)〜輝きのある日本へ〜」が12月30日、閣議決定された。日本経済のありようを根本的に見直し、需要の創造に果敢に挑み、アジアと共に生きる「問題解決型国家」を目指すさまざまな戦略が盛り込まれている。

 この基本方針でまず印象的なのは普通の国民が読んでも分かりやすい日本語で書かれていることではないだろうか。「失敗の本質は何か。それは政治のリーダーシップ、実行力の欠如だ。過去10年間だけでも、旧政権において10本を優に超える『戦略』が世に出され、実行されないままに葬り去られてきた。その一方で、政官業の癒着構造の中で、対処療法的な対策が続いてきた」

 ここまで“正直”、“率直”に記述されると、「何を言っているのか分からない」という人はまずいないだろう。

 「大都市で得られた税収を画一的な公共事業で地方に工事費の形で配分する仕組みが『土建型国家モデル』として定着し、政治家と官僚による利益分配構造、税金のピンハネ構造を生み出し……結果として、日本全体の経済成長にはつながらず、巨額の財政赤字を積み上げることとなった」

 (『構造改革』という名で2000年代に進められた成長戦略は)「一部の企業が生産性の向上に成功したものの、選ばれた企業のみに富が集中し、中小企業の廃業は増加。金融の機能強化にもつながらなかった。国民全体の所得も向上せず、実感のない成長と需要の低迷が続いた。いわゆる『ワーキングプア』に代表される格差拡大も社会問題化し、国全体の成長力を低下させることとなった」

 これもまた分かりやすい。こうした現状分析に基づいて打ち出された「新成長戦略(基本方針)」は、「2020年までに環境、健康、観光の三分野で100兆円超の『新たな需要の創造』により雇用を生み、国民生活の向上に主眼を置く」ものとされている。

 具体的には以下のような6つの戦略分野を挙げ、それぞれ基本方針と目標とする成果が掲げられた。「グリーン・イノベーションによる環境・エネルギー大国戦略」「ライフ・イノベーションによる健康大国戦略」「アジア経済戦略」「観光立国・地域活性化戦略」「科学・技術立国戦略」「雇用・人材戦略」である。

 これらの戦略のうちのいくつか、あるいは多くは前政権もできればやりたかったことかもしれない。結局、前政権がなし得なかった大きな理由は何か。既得権益や規制といった古い仕組みと、その古い仕組みに敢然と挑戦して新しいシステムを社会に導入しようという試みが少なかったため、ということではないだろうか。

 「新成長戦略(基本方針)」の中で説明はないが、これまでの政府の文書とは異なることがもう一つある。「科学技術基本法」をはじめとして、これまで「科学技術」とひとくくりで表現されることがほとんどだった表記が改められ、「科学・技術」という区切った表現になっていることだ。

 既得権益や規制の壁を破らない限りイノベーションはあり得ないとするなら、もっぱら理工系の人間たちが汗をかく技術革新だけでは不十分なことは明らかだ。「科学技術」と一つの言葉として表現することで、多くの人文科学系、社会科学系の専門家を蚊帳の外に置いてしまっていた実態はなかっただろうか。イノベーションや技術革新という掛け声は、「自分たちの責任外のことだ」と思わせてしまい。

 旧来の科学技術関係者だけでなく、人文、社会科学者も含めたさまざまな専門家を巻き込まない限り、「新成長戦略(基本方針)」に盛り込まれたイノベーションも日本社会の変革もあり得ない。そのような考えに基づき、あえて「科学・技術」という表記にした。そう解釈すると合点がいくが、当事者の考えはどうなのだろう。

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