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産学連携とイノベーション(生駒俊明 氏 / 東京大学名誉教授、科学技術振興機構・研究開発戦略センター長)

2007.08.15

生駒俊明 氏 / 東京大学名誉教授、科学技術振興機構・研究開発戦略センター長

東京大学名誉教授、科学技術振興機構・研究開発戦略センター長 生駒俊明 氏
生駒俊明 氏

 イノベーションが政策の重要なキーワードとなった。イノベーションというとすぐ出口指向の研究と考え、基礎研究から応用研究へのシフトと考える人が多いが、これは間違いである。イノベーションとは単なる「技術革新」ではなく、もっと大きなインパクトを期待して言われるものである。すなわち「新しい価値の創造」を指していうと考えてほしい。出口指向の研究では研究開始のときに出口が想定されるから、新しい価値の創造に結び付かない。トランジスターの発明は固体増幅器を作ろうという「意志」と、半導体表面の基礎研究とが結び付いて生まれた。その当時はこれほど大きな「出口」があるとは誰も考えていなかった。イノベーションの源泉は基礎研究の成果であるが、単に論文を書いて終わってしまう基礎研究ではないということである。応用研究はいわゆるMOT(技術経営)の課題である。MOTでは主として企業研究の問題を解くために、効率的な研究開発をマネージする方法を探求する。イノベーションは非効率で、リスクの大きい研究を要請するから、MOTのゴールとイノベーション政策とは180度方向が異なる。私はこの二つをいつも対比させて講義している。

 イノベーションを誘発するのは、異質のものの連携・融合であることは歴史が教えている。シュムペーターも「新結合」をもってイノベーションであるとした。学問分野の融合するところにイノベーションの種がある。異能の持ち主がイノベーションを牽引する。そういう多様性や、異種が出会い、攪拌(かくはん)され、相互作用して、新しいアイデアやコンセプトが生まれ、それらの新着想が「ダーウィンの海」を泳ぎ切って、市場という新しい岸辺にはい上がったところがイノベーションである。イノベーションとはそういう長いプロセスを経て生まれる。そこには多くの人や、セクターが関与し、お互いに助け合い、競い合い、進化して生まれる。だからイノベーションを誘発する社会システムはエコシステムでなければならない。

 そのようなエコシステムの「場」を提供するのが産学連携である。私が20年ほど前に産学連携の重要性を唱えたときは、そのような「場」の提供を産学連携のもっとも重要な役目であるとした。しかし、ここ数年は技術の移転やIP関係をあたかも産学連携の重要事項とする政策が続き、関係者もそのことばかりに熱心になっているのは問題である。日本版バイドールもそのような方向に使われているが、これでは逆にイノベーションを目指す産学連携を阻害してしまう。

 そろそろ産学連携の王道に戻ってもらいたい。

本記事は、科学技術振興機構のオンラインジャーナル「産学官連携ジャーナル」8月号巻頭言から転載

東京大学名誉教授、科学技術振興機構・研究開発戦略センター長 生駒俊明 氏
生駒俊明 氏
(いこま としあき)

生駒俊明(いこま としあき)氏のプロフィール
1941年東京生まれ。63年東京大学工学部電子工学科卒、68年同大学院工学系研究科博士課程修了、工学博士。同年東京大学生産技術研究所助教授、82年同教授。その間スウェーデン王立工科大学客員研究員、IBMワトソン研究センター客員研究員、カリフォルニア大学サンタバーバラ校Distinguished Lecturerなどを歴任。94年日本テキサス・インスツルメンツ株式会社筑波研究開発センター所長、97年同社代表取締役社長。2002年2月同社代表取締役会長。02年11月から03年10月まで同社顧問。02年から06年まで一橋大学大学院国際企業戦略研究科客員教授。04年10月科学技術振興機構・研究開発戦略センター長に。日本学術会議会員。そのほか有限会社アイ・イー・シー代表取締役、日立金属株式会社社外取締役、国立大学財務・経営センター非常勤監事、キヤノン株式会社顧問なども。元々の専門は半導体エレクトロニクス。企業経営、技術経営、イノベーション、産学連携、大学改革などに関する論文、講演も多数。

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