レポート

シリーズ「日本の安全と科学技術」ー「容易ではない感染症の克服」第6回「ワクチンの重要性と問題点」

2012.01.26

倉田毅 氏 / 国際医療福祉大学塩谷病院 教授

ワクチンの開発と評価

倉田毅 氏(国際医療福祉大学塩谷病院 教授)

 これまで紹介してきた感染症には、ワクチンが有効な場合もあるし、なかなか難しい場合もあります。しかし今後も、新しい優れたワクチンを開発していくことは重要であり、ワクチンの新しい評価方法を確立していくことも大事です。

 ワクチン開発について「病原体を動物に接種して、IgG抗体が上がればワクチンになる」という方法や考え方は、もう50年前の仕事です。今後は、そのような簡単な方法だけではうまくいかないし、感染を防御するのにも役立ちません。そのためには病原体の分子生物学的な解析だけでなく、感染症のことをよく知り、どう役立てるべきかを分析することも必要です。さらに、できたワクチンが本当に効くかどうかの評価方法についても、品質管理の面から工夫されるべきではないでしょうか。

安全性とリスク

 「危険(Danger)」の反対は「安全(Safety)」ではありません。この2つの間をつなぐ、幅の広い「リスク(Risk)」という考え方が用いられるようになってきました。「危険がある」といっても「本当に危険なもの」と「リスクが高いもの」とがあり、2つの意味は全然違います。「危険」の領域に入ったら、死ぬか、障害を受けるかの可能性があり、「危険」はそういう形で目に見えて分かりますが、「安全を保証する」といった場合は、なかなか見えないところがあります。つまり「どこまでやったら安全なのか」と。例えば、生の牛肉を2,000人に食べさせてみて、何も発生しなければ安全なのかどうか。難しいですね。「安全を保証する」なら、この場合は「必ず加熱し、生で食べないこと」というだけの話になります。

 昔は「危険性がある、ない」とか使われていましたが、今は使いません。現在は「安全性が高い、低い」あるいは「リスクが大きい、小さい」という言い方をします。

ワクチンの品質管理

 厳密な品質管理なしに外国製ワクチンの「地滑り的導入」を図ろうと、日本の臨床医が主張していますが、「外国製品が優れている」というのは大きな間違いです。

 世界であらゆるワクチンを評価できるのは、EMEA(欧州医薬品庁:EU27カ国+オブザーバー3カ国)とFDA(米食品医薬品局)、日本のPMDA(独立行政法人・医薬品医療機器総合機構)だけです。EMEAとFDAは独自のルールで品質を管理し、わが国は薬事法に基づいて行っていますが、やり方がみんな違います。

 欧米は合理主義的に、例えばワクチンを1万人に接種して「1人、2人の犠牲者が出るのはやむを得ない」という考え方であり、日本は「犠牲者を防ぐためにはどれだけ、どうしたらいいか」と品質の追求をします。今問題になっているヒブ(Hib:インフルエンザ菌b型)ワクチンについても、「100万人中の一定の犠牲者は仕方がない」というのが欧米の論理です。日本で、もし誰かが「2-3人は仕方ないよ」と言ったら、「とんでもない。そんなワクチンをなぜ接種するのだ」と大変なことになります。これは要するに、ワクチンの「コストベネフィット(費用対効果)」について、感染者がたくさんいる所と、ほとんどいない所とでは、全く違うのです。

“安全性”への考え方の違い

 何がどう違うのか。例えば、ジフテリア・破傷風・百日ぜきの三種混合「DTaPワクチン」について、マウスやウサギにワクチンを筋肉注射した後の病理標本を作り、外国製と日本製とを比べました。マウスのフットパッド(足底部)やウサギの背面に投与した外国製のものは壊死巣が残り、アンパンみたいなしこりができましたが、日本製では細胞浸潤があって、しばらくして消えてしまいました。

 日本では乳幼児への「DTaPワクチン」は通常、上腕に接種します。欧米では大人が3人がかり抑えつけて大腿部の筋肉に接種するのですが、しこりが残って、足の動きが不自由になったりします。しかし動いたり運動したりするうちに筋肉の中のしこりを感じなくなり、2、3年後にはなくなってしまいます。でも親は驚きますよね。しかし、欧米の医師らは「大したことありませんよ、そのうち治ります」と言うだけで、終わってしまうのです。日本で起きれば、訴訟を起こされますね。

 天然痘ワクチンについても「1,000人に1人の犠牲があっても仕方がない。999人が救われるなら、それを接種する」というのが“米国方式”です。そうした意味では、日本は非常に品質のよいものを確保することに、大変な努力をしています。国民の安心に対する要求や感情の問題は、日本と欧米とでは全く違うのです。

細菌性髄膜炎に対するワクチン接種

 日本での細菌性髄膜炎の患者報告数(2009年1月-11年2月感染症発生動向調査、死者は除く)をみると、毎月30-50人の患者が発生しています。このうちインフルエンザ菌、肺炎球菌によるものは各1-10人ほど、残りは、これら以外の起因菌(不明)によるものです。これらの患者のうち重症化したのは1、2例です。ところが細菌性髄膜炎に対するヒブ(Hib)ワクチンと小児用肺炎球菌ワクチンを接種した乳幼児が150万人で、この3、4カ月間に9人亡くなっております。元々の病気でわずか1、2人しか重症化していないのに、ワクチンでこれだけの死亡数があるのは、いかがなものでしょうか。原因は“突然死”や“紛れ込み症例”との結論ですが、おかしな話で、意味が全く分かりません。「もう一度、徹底的に調べるべきだ」と、私は主張しているのですが…。

多種同時接種ワクチンの問題

 一度に複数の抗原に対応するワクチンを接種することが増えていますが、実は、薬事法では1つ1つ、単体のワクチンでしか安全性を承認していません。多種のワクチンを同時に接種することは、「医師が特に必要と認めた場合」以外は、認められていないのです。ところが「それぞれに安全だから、数種類のワクチンを一緒に接種しても何も起きませんよ」と、小児科学会は気楽に薦めており、これが間違いの元なのです。

 WHOのガイドラインには、1つ1つすべてが安全だという承認を受けていても、多数同時に接種するときには、必ず考え得る動物実験とヒトでのテストをきちんとクリアせよと記されていますが、日本ではやっていません。にもかかわらず、「同時接種」は諸外国では一般に行われている医療行為だとして、日本小児科学会は2011年1月、ワクチンの同時接種を推奨する「考え方」を発表しました。

 「DTaP」ワクチンの場合は別ですが、細菌性髄膜炎に対するヒブワクチンや小児用肺炎球菌ワクチンといった、細菌のワクチン同士の場合は、菌体成分のアジュバント(免疫の増強)作用でいろいろな副反応が起き得るのです。こうしたことが、しっかりと検証されていないことも、ワクチンの大きな問題点です。これについては、PMDAにおられた堀内善信博士が数年前から論じており、ヒスタミンの異常反応が生じることについては、英国のNIBSC(The National Institute for Biological Standards and Control、国立生物学的標準およびコントロール研究所)も検証しています。

倉田毅 氏
(くらた たけし)

倉田毅(くらた たけし) 氏のプロフィール
1940年長野県生まれ。59年松本深志高校、66年信州大学医学部卒。71年信州大学大学院修了(医学博士)、国立予防衛生研究所病理部研究員、東京大学医科学研究所病理学研究部助手、同助教授。85年国立感染症研究所病理部長、99年同研究所副所長、2004年国立感染症研究所所長、06年富山県衛生研究所所長などを経て、11年から現職。

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