レポート

シリーズ「日本の安全と科学技術」ー「容易ではない感染症の克服」第4回「さまざまな「人獣共通感染症」」

2012.01.12

倉田毅 氏 / 国際医療福祉大学塩谷病院 教授

病原体の保有動物の検索も重要に

倉田毅 氏(国際医療福祉大学塩谷病院 教授)

 A型のインフルエンザウイルスは、いろいろ違った動物に病気を起こします。鳥の持つウイルスが豚に行き、ヒトからのウイルスも豚に入ってリアソータント(reassortant;遺伝子の再集合、組み換え)を起こし、それがまたヒトに感染する。豚インフルエンザは、そういう中で起きたものです。

 これらはインフルエンザでの話ですが、現在の感染症における一番の問題は「人獣共通感染症(ズーノーシス;zoonosis)」です。感染症についての法律用語では「動物由来感染症」という言葉が使われますが、これも同じことです。

 人獣共通感染症は、本来は脊椎動物とヒトの間で行き来する感染症のことでしたが、今は蚊やダニなど全部含めて「獣」にひっくるめています。この法律(感染症法)については、はじめにもお話ししましたが、SARS(重症急性呼吸器症候群)が発生した2003年の秋に、動物由来感染症の対策強化がされ、獣医師などの責務を明確にしています。

 人獣共通感染症に対しては、自然界における病原体の保有動物の検索も、非常に重要な領域になりつつあります。とくにコウモリは、エボラウイルスやマールブルグウイルス、狂犬病ウイルスなどを運んでいる可能性があり、それを示す証拠も少しずつ挙がっていますが、まだ結論は出ていません。例えばタイなどで、コウモリのふんがたまっているような洞窟の中で、直接コウモリに接触しないようにして、犬を籠の中に入れておいたら、狂犬病にかかってしまったのです。何百万羽といるコウモリを片っ端から調べることはできませんが、狂犬病ウイルスを持つコウモリがいたことは分かります。

 野ネズミは幾つかの病原体を持っていて、それがヒトの中に紛れて、流行を起こすことがあります。主な疾患として、腎症候群出血熱やハンタウイルス肺症候群、ボリビア出血熱、レプトスピラ症(leptospirosis)などが挙げられます。SARS(重症急性呼吸器症候群)もハクビシン由来でした。BSE(牛海綿状脳症)の問題は、家畜伝染病の「スクレイピー(伝達性海綿状脳症)」にかかった羊から毛やマトンを取り去り、不要となった材料を細かく砕いて牛の餌に入れたところ、ミルクのカルシウム量が上がって、「これはいいぞ」とどんどんやるうちに、牛が病気になってしまったものです。その牛肉をヒトが食べたら、今度はヒトもBSE様の病気になってしまいました。英国では今までに百数十人が亡くなっています。「バリアント(異型)クロイツフェルト・ヤコブ病(vCJD)」という病気です。

 ほかにも、クリミア・コンゴ出血熱ウイルスを媒介するマダニとか、ラッサ熱ウイルスを媒介する「マストミス」というげっ歯類(ネズミやリスの仲間)。ウエストナイル熱ウイルスは蚊が媒介となって家畜に感染し、ばたばたと米国で死にました。オオコウモリはニパウイルスの感染病原体を持ち、これが豚に感染して肺炎を起こします。その豚の飛沫や鼻汁などを浴びたヒトは、今度は脳炎を起こします(マレーシア、1998年)。

蚊が媒介する感染症

 蚊が媒介する感染症には、デング熱やデング出血熱、ウエストナイル熱、日本脳炎、黄熱、マラリアなどがあります。この中で、日本脳炎と黄熱にはワクチンがあって、日本人がこれらの病気の流行している国へ行く際にはワクチン接種を義務づけられていますが、ほかの病気に関しては薬もありません。

 マラリアは抗マラリア剤をうまく使えば、刺されても発症しないで済みますが、蚊の根絶は不可能です。「蚊帳の中に入るのはヒトか蚊か」という話になりますが、これは非常に大きな問題で、マラリアによって毎年250万人から300万人の方が亡くなっています。日本国内で1例死者が出たという話とは全く次元の違う規模ですから、日本から東南アジアやアフリカ、中南米へ行く人は、マラリアには絶対に気をつけなければいけません。

 これらの感染症には、蚊を撲滅するのはほとんど不可能だけに、ワクチンで対応するしかなく、いかによいワクチンを作るかが肝要です。日本脳炎にはいいものができていますが、ウエストナイル熱は問題です。この感染症は米国にありますし、アフリカ北部から中近東を含めた東欧、さらにインド亜大陸まで広がって来ています。こういう地域で蚊に刺されると、ウエストナイル熱にかかる可能性もありますから、よいワクチンを開発することです。

 デング熱の感染者も大変な数になっており、ワクチン開発に30年も奮闘しておられる方もいますが、いまだ有効なものは作られていません。デング熱ウイルスには1〜4型があり、どの型のウイルスに感染したか、どの型の順番で再感染したかによって症状が異なってきます。罹患した亜型の順番によっては、すごく年を取ったようになり、「一気に10歳ずつ老けていくことも起こる」と言われています。

 これらの感染症を媒介する蚊に対しては、WHOが1960年代の初めに、要らなくなった殺虫剤(DDT)や農薬(BHC)を集めて、セイロン(現スリランカ)南部で根絶作戦を行ったことがあります。確かに蚊は一時的に減り、何十万人といたマラリア患者が二百何十人にまで落ちたので「もう大丈夫だ」と思いましたが、その2年後に薬剤耐性のマラリアが増えてしまい、60年代半ばから現在までどんどん増える一方です。このように、蚊の撲滅はほとんど困難です。やはり自分で身を守るために、ワクチンを開発しなければならないのです。

アジアでは狂犬病に注意

 狂犬病も世界の大きな問題です。狂犬病は世界のほとんどの国に存在し、とくにアジア、アフリカに多く、今では日本や英国、オーストラリア、ニュージーランドなどの島国にはありません。かつて日本でも患者の国内発生がありましたが、1957年以降はなく、70年にネパールで野犬にかまれた人が日本に帰国後発症して死亡した輸入例、2006年にもフィリピンで犬にかまれた帰国者の死亡例(2例)があります。

 狂犬病による感染者(死亡者)数は12年前には世界で約3万5,000人、そのうち3万人がインドでした。今や世界での死亡者は5万5,000人に上り、うち15歳以下が30-50%を占めます。アジアでの感染者数は3万3,000人で、うちインドの感染者は3万人と、12年前と変わっておりません。残りの3,000人が中国です。12年前には中国での感染者数の報告はゼロでしたが、狂犬病のワクチン接種がほとんど行われないまま、食用犬やペットとして飼われる犬が増え、野犬も急増するなど、とくに都市部での狂犬病の患者が増えています。中国を旅行される際は、十分に気をつけないと大変なことになります。

 狂犬病による死亡例の90%をアジアが占め、犬による咬(こう)傷がほとんどです。米大陸では必ずしも犬ではなく、牛やアライグマが原因です。世界的にはほかにネコやコウモリ、キツネ、スカンク、コヨーテなどからも感染します。狂犬病にはよいワクチンがありますが、犬などへのワクチン接種対策は、その国がやらない限りは不可能なのです。

ウイルス性出血熱

 ウイルス性出血熱はヒトからヒトへ感染が伝播しますので、発生すると世界中が大騒ぎします。発症初期の症状は重症インフルエンザと似ていますので、区別がつきにくいという問題があります。主にサハラ砂漠以南の地域に偏在するウイルスが原因です。

 アフリカ各地で、ウイルス性出血熱の流行がみられます。このうちエボラ出血熱やマールブルグ出血熱は、発生後速やかに終息しますが、ラッサ熱はナイジェリアやシエラレオーネあたりに常在している病気です。これはマストミスが自然宿主で、マストミスが子どものときに病気なると、そのままウイルスをずっと持っています。ラッサ熱の伝播については、米国のチームが、シエラレオーネにある人口1,500人ぐらいの村10カ所で、1976-86年にかけて調査を行っています。家屋ごとに番号を付けて、その家屋の人数と感染者数を記録するとともに、全ての家屋にトラップをかけてマストミスを捕獲しました。マストミスは住み着いた家から他の家へ移ることがありませんから、ウイルスを持っているマストミスが捕まった家からだけ感染者が出ていることが分かりました。もちろん、ヒトとヒトとの接触で感染者になることもあります。

 エボラ出血熱により、コンゴ(旧ザイール)のヤンブク病院では、1976年に318人が発症し、280人(88%)が亡くなりました。感染経路はヒトとヒト、注射器によるものなどの接触感染が8割を占めます。エアコンなどのない状況ですから、部屋から部屋にうつるような空気伝播はありませんでした。

BSL4の研究施設

 ウイルスや細菌などの感染性病原体を扱う研究施設には、いろいろな厳しい制限があります。まず、扱う病原体について。WHOはその病原性(病気の重篤度、感染性など)、さらにワクチンや治療法の有無、公衆衛生上の重要性などを考慮して、BSL(Biosafety Level;生物学的安全性レベル)を1から4まで分類し、それに伴う施設の基準(指針)を定めています。しかし、個々の病原体のリスクなどは地域の環境に左右されるため、病原体のBSLのレベル分類は、各国が独自に決めています。日本の場合は国立感染症研究所が「国立感染症研究所病原体等安全管理規定」において病原体のリストを作製し、それに沿って各学会や研究所などが定めています。

 同規定によると、一般的なワクチンなど、ヒトに無害な病原体を扱う場合はレベルが一番低いBSL1、インフルエンザやはしか、食中毒菌などを扱うのが次のレベル2(BSL2)、狂犬病や結核菌、鳥インフルエンザなどがレベル3(BSL3)となります。そして天然痘やエボラ出血熱、ラッサ熱、マールブルグ出血熱、ラッサ熱、クリミア・コンゴ出血熱などがBSL4の扱いに入ります。これらの最もリスクの高い病原体はレベル4で扱うことが、世界の基本ルールになっており、米国のCDC(疾病予防管理センター)やNIH(国立衛生研究所)、欧州(EU)、オーストラリアも同じ分類をしています。

最も条件の厳しいP4施設

 病原体を扱う施設についても、実験者が感染せず、施設の外部にも漏れ出さないようにするために、「物理的な封じ込め(Physical Containment)」の国際基準が設けられています。それにもP1からP4までのレベルがあり、BSL4の病原体を扱う施設が、もっとも安全管理条件の厳しい「P4施設」となります。

 P4施設には、実験者が宇宙服のような完全防護服を着て作業する「宇宙服式(スーツ)ラボ」と、グローブボックスで手袋をはめて作業をする「グローブボックス式ラボ」があります。P4施設はアメリカには10カ所、さらにフランス、ドイツ、スウェーデン、カナダ、南アフリカ、ロシアなどの計44カ所にあります。日本にも感染研(武蔵村山市)に1施設がありますが、本来の目的のためには、まだ動かしたことはありません。

 1997年からの10年間に、英国や米国、ドイツ、オランダ、ロシアなどで計13件の感染症の発生がありました。クリミア・コンゴ出血熱やラッサ熱など、ほとんどがアフリカなどの他国で感染したものです。日本では「1類感染症」(*)の疑いで、感染研に26件の検査依頼がありましたが、すべてが陰性でした。

 ※1類感染症:日本の「感染症法」上の分類(1〜5類)のうち、感染力が強く、重篤で危険性が極めて高い感染症のグループ【エボラ出血熱、クリミア・コンゴ出血熱、天然痘、南米出血熱(南米大陸におけるウイルス性出血熱の総称)、ペスト、マールブルグ出血熱、ラッサ熱】。なお、同法による分類(2006年)には、世界のバイオセーフティ上の病原体の分類とは、いくつかの点で違いがある。

倉田毅 氏
(くらた たけし)

倉田毅(くらた たけし) 氏のプロフィール
1940年長野県生まれ。59年松本深志高校、66年信州大学医学部卒。71年信州大学大学院修了(医学博士)、国立予防衛生研究所病理部研究員、東京大学医科学研究所病理学研究部助手、同助教授。85年国立感染症研究所病理部長、99年同研究所副所長、2004年国立感染症研究所所長、06年富山県衛生研究所所長などを経て、11年から現職。

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