インタビュー

第1回「ワクチン輸入には頼れない」(喜田 宏 氏 / 北海道大学 人獣共通感染症リサーチセンター長)

2009.08.26

喜田 宏 氏 / 北海道大学 人獣共通感染症リサーチセンター長

「新型インフルエンザ対策は地道に」

喜田 宏 氏
喜田 宏 氏

専門家が早くから予測していたように新型インフルエンザが猛威を振るい始めた。政府は国内で必要となるワクチンが国内生産では足りず、不足分は海外から輸入する意向を明らかにしている。しかし、新型インフルエンザ対策は、まさに季節性インフルエンザ対策と同じで地道な努力の積み重ねが大事。こうした考え方から、ワクチンの輸入に対し否定的な意見も専門家から聞かれる。長年、インフルエンザウイルスの研究で指導的な役割を果たしてきた喜田 宏・北海道大学人獣共通感染症リサーチセンター長に新型インフルエンザの実像と求められる対応策を聞いた。(2009年8月6日、科学技術振興機構主催、メディア向けレクチャー会講演から再構成)

ワクチン輸入という話が出ていますが、とんでもないことです。新型インフルエンザウイルスが出現すると、とにかく人々には抗体がないのですから、すぐ伝播します。どのような病原性になるかは、それぞれでわかりませんが、伝播が激しくて重い病気を起こすようなウイルスに変化したとき、ワクチンはどの国でも必要になります。お金を払えば買える状況でなくなることは容易に想像できます。国民の健康は自分たちの政府が守るという意味で、これは軍備以上にはるかに大事なことだといえます。外国から輸入すればよいというくせがついてしまったら、独自に自分の国でワクチンを製造することが困難になってしまいます。

―季節性インフルエンザ対策が基本

昨年11月に自然界に存続しているインフルエンザAウイルスすべての亜型の組み合わせを集めたウイルスライブラリーが北海道大学人獣共通感染症リサーチセンターにできました。われわれはこのウイルスライブラリーを使った新型インフルエンザ対策を提案しています。インフルエンザといかに向き合うかということは、非常に地味なことをまじめにやるしかないということなのです。自然界、家禽(きん)、ブタとヒトのグローバルサーベイランスをきちんとやって、予測に役立てる。それから、新型インフルエンザのために関心が薄れてしまっている高病原性鳥インフルエンザを家禽(きん)の中だけにとどめ、外に出さないことが大事です。

高病原性鳥インフルエンザのワクチンは、重症化、あるいは発症を抑えることはできますが、感染防御能は誘導しません。要するにワクチンでは感染は完全に防ぐことができないのです。ワクチンを投与しても感染した鶏は少量ながら高病原性鳥インフルエンザウイルスを排せつします。症状を出さないから感染を見逃すケースが増えます。現在、ヒトへの高病原性鳥インフルエンザの感染が最も多く起きているのは、中国とベトナムとインドネシアとエジプトの4カ国です。これら4国に共通することは、鳥インフルエンザの制圧対策を間違え、ワクチンを乱用したということです。ワクチンに頼って高病原性鳥インフルエンザウイルスの摘発、淘汰を怠ってはいけない、ということです。

ヒトの季節性インフルエンザ対策こそが新型インフルエンザ対策の基本になるべきなのです。季節性のインフルエンザ対策は今のところ十分ではありません。ワクチンももっと効くものをつくらなければいけないし、インフルエンザウイルスの抗原がどのように変異するかの予測もきちんとできていません。季節性のインフルエンザ対策をきちんとすることそのものが新型インフルエンザ対策である、ということを強調したいと思います。それにはサーベイランス予測、迅速診断、ワクチン、抗ウイルス薬などの研究を地道にやるしかないということです。

―問題多い現行ワクチン

私、製薬会社でワクチンをつくっていたことがあるプロのつもりでいますが、ワクチンを考えるときに、今すぐどうしなければいけないという短期的な目標と、中期・長期で将来はこうあるべきだということをはっきり分けないといけません。10年先に物になるかならないかわからないものは、今騒いでもしようがありません。

現行のワクチンがきれいにすることばかりを主眼に開発された1971年から、そのまま改善されないで放置されてきたことが問題です。当時は副反応がなければ効き目などはどうでもいいという思想のもとに開発されたのですから、これを早くピュアなスプリットに、全粒子ワクチンに戻すべきであるということを進言してきたのです。それが差し当たってすべきことではないかと思います。

なぜこのようなことになっているかというと、当時、私がいた1メーカーだけが100%ピュアなウイルス粒子をワクチンにしました。ところが次の年からまたHA(ヘマグルチニン)ワクチンにしてしまった経緯があります。当時、日本には製造所が7カ所あって、ほかは財団法人でつくっていたのです。だから競争原理があまり働かず、1社独占は許されないという背景もありました。そのほかいろいろな政治的なこと、あるいは世間の皆さんやマスコミの皆さんから、ワクチンは効かなくて危ないという批判がありました。ただそれだけの理由で、公衆衛生審議会が、1994年にインフルエンザを予防接種対象疾病から除いてしまったという経緯があります。

だから、現行のインフルエンザワクチンをもっと改良すべきだということが第一の問題としてあるのです。

(続く)

喜田 宏 氏
(きだ ひろし)
喜田 宏 氏
(きだ ひろし)

喜田 宏 (きだ ひろし)氏のプロフィール
1967年北海道大学獣医学部獣医学科卒、69年北海道大学大学院獣医学研究科予防治療学専攻修士課程修了、武田薬品工業入社、76年北海道大学獣医学部講師。同助教授、同教授、同大学院獣医学研究科長・学部長などを経て2005年から現職。専門はウイルス学、微生物生態学、感染病理学。05年「インフルエンザ制圧のための基礎的研究-家禽、家畜およびヒトの新型インフルエンザウイルスの出現機構の解明と抗体によるウイルス感染性中和の分子的基盤の確立-」の業績に対し、日本学士院賞受賞。06年から科学技術振興機構の地域イノベーション創出総合支援事業「インフルエンザウイルス感染の新規診断キット、予防薬、治療薬の実用化研究」の代表研究者、09年6月から「インフルエンザウイルスライブラリーを活用した抗体作出および創薬応用に向けた基盤研究」の代表研究者も。日本学士院会員。

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