2010年の4月は日米の宇宙開発に関する重要な出来事が立て続けに起こった。一つは4月15日に行われたオバマ米大統領による「重要な宇宙政策(Major Space Policy)」演説であり、その5日後に山崎直子・宇宙飛行士が地球に帰還したことである。この二つの出来事はいみじくも日米の宇宙開発が抱える問題点を浮き彫りにしている。
まずは、オバマ大統領の演説を見てみよう。この演説は (1)重量級ロケットの研究開発に30億ドル以上を投資する。2015年までにロケットの設計を完了し、製造に着手する (2)有人探査計画については、今後10年間に低軌道以遠の飛行に必要な実証試験を行い、2025年までに月以遠への有人ミッションを行う。まず小惑星への飛行から開始し、2030年半ばに火星軌道—地球間の往還、その後に火星着陸を目指す、という2点が強調された。
しかし、最も重要な論点は (3)2年以内にフロリダ州ケネディ宇宙センター周辺地域において前政策より2,500人多い新規雇用を、数年後にはフロリダ州を中心に米全土に1万人の雇用創出を見込み、これらの地域経済の活性化や雇用創出のため、政府は4,000万ドル(約37億円)を投資する、というところにある。
ここから読み取れることは二つある。一つは、今回の演説が極めて粗っぽく、雑な提言であるという点である。ブッシュ大統領が2004年に「コンスタレーション計画」(注)を発表したときも急ピッチで策定されたものであったが、長期的な予算の見通しや技術的な方向性など、計画を実現させるための条件を整えようとする努力は見られた。結果的に、この「コンスタレーション計画」は中止されることになったが、少なくともブッシュ大統領は、それなりのビジョンとそれなりの計画を提示したといえよう。
ところが、今回のオバマ演説は、厳しい財政状況の中で明確な予算を打ち出すことができず、また技術的にどのような「重量級ロケット」を作り出すのか、といった問題にも触れなかった。さらに、2025年に小惑星、2030年代には火星を目指すというざっくりとした計画しか出していない。これは当然オバマ大統領の任期をはるかに越える計画であり、具体的なマイルストーン(里程標)も示さない、無責任ともいえる計画といわざるを得ない。結局、オバマ演説は自分の視界から大きく離れたところに目標を設定することで、とりあえず「コンスタレーション計画」を中止した後を取り繕う弥縫(びぼう)策というニュアンスが強い。
第二の点は、この演説は米国の宇宙開発が雇用を維持するための「公共事業」としての性格を明確にした、ということである。今年は中間選挙の年であり、医療制度改革などで議会と死闘を繰り広げ、国民からの激しい批判を受けているオバマ大統領は、なんとしても議会での支持を得る必要があった。またリーマン・ショック以降の経済危機に対応するための財政赤字の増大は、これ以上の宇宙予算の増大も見込めない状況を生み出している。フロリダは2000年の大統領選挙で見られたように、いわゆる「パープル州(共和党の赤でも民主党の青でもない紫の州)」といわれ、選挙の趨勢(すうせい)を左右する重要な州である。「コンスタレーション計画」を中止することで、大量の失業、しかも高度な技術を持ち、政治的な影響力を持つ中産階級の人々の失業を生み出すことは選挙に大きなダメージを与える可能性があった。
故に、この演説はフロリダにあるケネディ宇宙センターで行われ、聴衆は招待された米航空宇宙局(NASA)の職員を中心とする宇宙産業関係者だけに限られていた。つまり、国民に向かって訴えかける演説ではなく、「コンスタレーション計画」の中止によって職を失う恐れのある人たちの雇用を守ることを約束する演説だったのである。米国の宇宙政策は、財政が厳しい中で雇用を維持しようとする「公共事業」となってしまったのである。
1周遅れの日本の有人宇宙事業
さて、このオバマ演説の最中、日本では山崎直子・宇宙飛行士が国際宇宙ステーション滞在中の野口聡一・宇宙飛行士との史上初の「日本人2人同時宇宙滞在」を体験していた。宇宙で琴を弾いたり、インタビューに答える姿がNASA)を通じて日本でも広く報道された。このメディアの論調は、米国における有人宇宙事業のドラスティックな方向転換と大きくずれた印象を与えるものであった。
第一に、山崎宇宙飛行士に限らず、日本の有人宇宙飛行の報道は、具体的な作業というよりは、一般受けするパフォーマンスに集中する傾向があり、「何のために宇宙に行くのか」ということが伝えられていない、という点にある。オバマ演説では、曲がりなりにも「人類を火星に送る」という目標が設定され、将来的に地球外での居住の可能性までをも視野に入れているという目的が設定されているのに対し、日本は宇宙で何をしようとしているのか、ということが伝わらず、単にパフォーマンスを披露することを目的としていると誤解されかねない状況にある。
第二に、山崎飛行士のフライトは毛利衛・宇宙飛行士(現・日本科学未来館長)から数えて13回目の日本人の宇宙飛行であり、既に日本人が宇宙に行くことが「当たり前」の状況になってしまっている、という現実がある。米国においてもアポロ時代の熱狂は過ぎ去り、最新の世論調査では、国民の半数は財政が危機的な状況である中で有人宇宙飛行はやめるべきであるとの意見を支持しているとの結果も出ている。日本での報道を見ても、ある種の「ネタ切れ」感は否めず、山崎宇宙飛行士の家庭生活などに焦点を当てる報道が多かったのも、宇宙飛行士を「エリート」としてみるのではなく、一般人が宇宙に行くというアングルを強調し、何とか国民の関心を引きつけるようとしていたのかもしれない。
しかし、米国同様、財政難に直面する日本において、パフォーマンスをするために税金を使って宇宙に行くという現実を無視するわけにはいかないだろう。米国における有人宇宙事業が意識的に「公共事業化」しているとすれば、日本のそれは、いまだ「夢」や「希望」といった美辞麗句に包まれながら、はっきりしない目的に巨額の税金を投入して既得権益を維持する、無意識の「公共事業」といった状況にあるといえよう。メディアや国民を巻き込んで、こうした幻想を生み出す状況はアポロ計画時代の米国の有人事業のあり方のままであり、米国と比べても一周遅れの状況といわざるを得ないであろう。
(注)
「コンスタレーション計画」=2004年にブッシュ米大統領が発表した、月(と将来的には火星)への有人探査を進めるため、新たなロケット(人を乗せるAres 1と荷物を載せるAres 5)、有人カプセル(Orion)と月面着陸機(Altair)を同時に開発する計画。
鈴木一人(すずき かずと) 氏のプロフィール
1970年長野県上田市生まれ、89年米カリフォルニア州サンマリノ高校卒、95年立命館大学大学院国際関係研究科修士課程修了、2000年英国サセックス大学ヨーロッパ研究所博士課程修了、筑波大学社会科学系・国際総合学類専任講師、05年から筑波大学大学院人文社会科学研究科助教授(後准教授)、08年から現職。宇宙航空研究開発機構・産業連携センター招聘研究員も。専門は国際政治経済学、欧州連合(EU)研究。主な著書・論文は、「グローバリゼーションと国民国家」(田口富久治共著)、「EUの宇宙政策への展開:制度ライフサイクル論による分析」、「経済統合の政治的インパクト」など。