「見直し迫られる日本の宇宙開発」
宇宙基本法の成立を目指す動きが活発化してきた。日本の宇宙開発のありかたを根本から見直し、国民の安全・安心に寄与するものとすることを狙った法案を、与党は既に国会に提出している。民主党も独自の法案を今国会に提出できるよう、1月に組織横断的な検討チームを立ち上げた。与党の宇宙基本法草案作りにアドバイザーとして尽力した鈴木一人 氏・筑波大学准教授(人文社会科学研究科国際政治経済学専攻)に、宇宙基本法の狙いを聞いた。
―これらの取り組みで日本のこれまでの“研究開発文化”が改まるとしても、それが宇宙利用の拡大につながるでしょうか?
役所は、今ある予算を減らして宇宙に付け替えることはやらないでしょう。しかし、予算がプラスされるとしたらどうでしょうか? 例えば、情報収集衛星の研究開発費は最初、首相の考えで配分できる首相枠にありました。それが後になって必要に迫られ、宇宙予算の中に組み込まれていくことになったのです。これと同じ話で、各省庁が必要な宇宙利用をプレゼンテーションし、他の提案を打ち破って新たな予算を獲得できるとなれば、利用は拡大するはずです。
理想論では、内閣官房の中に設置される宇宙開発戦略本部が財務省から宇宙開発関係予算を獲得し、次に、文部科学省をはじめ、経済産業省や総務省、さらに農林水産省などの利用官庁が同本部に提案活動を行い、その予算を獲得するというのが最良の方策です。
しかし、そうやすやすと事は運ばないでしょう。そこでまずは、競争して獲得できる予算を戦略本部内に計上してみてはどうだろうか。そして、獲得した省庁に調査・研究させ、宇宙利用の可能性を検討させる。それが大きな効果を生み出すことが明らかになれば、当該省庁は各自で予算を確保することになるでしょう。競争獲得枠の創設で、宇宙利用の初めの一歩を踏み出させるわけです。この予算をどこから確保するかは課題ですが、そこは知恵の働かせどころでしょう。
―各省の研究を受託する組織にも変化が必要ではありませんか?
無人宇宙実験システム研究開発機構(USEF)や大学宇宙工学コンソーシアムに期待を寄せています。例えば、農水省が予算を取りに行く際、JAXA案で提案するかUSEF案で提案するか選択できるようになれば、利用に焦点を当てた、よりよい提案が生まれてくるでしょう。宇宙開発関係予算がすべてJAXAに落ちるわけではないという環境を作ることが必要なのです。USEFなどに頑張ってもらい、JAXAには、競争意識を持ち、提案のできる組織に生まれ変わってほしいのです。宇宙開発関係予算が満足に増えない中、いつまでも過去と同じ対応をしているわけには行きません。こうした取り組みも必要ということです。
―新しい宇宙政策の推進を担う組織は、どのような形態が望ましいのでしょう?
与党が国会に提出した宇宙基本法案では、第25条で、内閣に宇宙開発戦略本部を置くとしています。同戦略本部が内閣に置かれれば、わが国の宇宙政策を統括でき、外交政策にも活かせられるようになります。ただし、新しい宇宙政策を推進するには、戦略本部を内閣に置くだけでなく、この戦略本部の活動を支える事務局をどのように整えるかも極めて重要になります。というのは、研究開発文化を改めるには、利用サイドでの経験を持った人々の知見が必要だからです。そして、事務局は国家としての方針を考えることが求められ、各省の事情やしがらみにとらわれることがあってはなりません。となると事務局は、内閣府のような各省からの出向者で構成されたり、これまで宇宙政策を担ってきた文部科学省やJAXA関係者に仕切られることがあってはならず、第三者で組織されることが重要です。
もっとも、助言を与える存在も必要不可欠です。事務局の下に、シンクタンクを設けることが大切で、このシンクタンクは、気兼ねなく意見の言える人たちで構成されなければなりません。このほか、研究開発の適正さ、予算の効率的利用を審査するため、第三者による監査機関を内閣官房に設置することも必要です。
法律ができるとそれに合った考え方に変わっていく。これが政策転換です。宇宙基本法の成立は正にこれを目指したものであり、これまでの「宇宙村」の考え方を変えていくものです。ただし、「あるべき論」では世の中は変わりません。そこで、政治学者としてその動かす方法を提示したのです。
現在、河村建夫・元文部科学相の呼びかけのおかげで、JAXAや産業界にもこうした考え方が浸透してきています。これからの宇宙政策は研究のための研究を目指したものではなく、5年先、10年先に求められる、人の役に立つものを目指して進めていってほしいものです。
(日本航空新聞 鈴木 孝直)
(完)
鈴木一人(すずき かずと)氏のプロフィール
1970年長野県生まれ、95年立命館大学大学院国際関係研究科修士課程修了、2000年英国サセックス大学ヨーロッパ研究所博士課程修了、筑波大学社会科学系・国際総合学類専任講師、05年から現職。専門は国際政治経済学、欧州連合(EU)研究。主な著書・論文は、「グローバリゼーションと国民国家」(田口富久治共著)、「EUの宇宙政策への展開:制度ライフサイクル論による分析」、「経済統合の政治的インパクト」など。
関連リンク
- ホームページ