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新たな宇宙政策の第1歩 -宇宙基本計画の評価(鈴木一人 氏 / 北海道大学公共政策大学院 准教授)

2009.06.17

鈴木一人 氏 / 北海道大学公共政策大学院 准教授

北海道大学公共政策大学院 准教授 鈴木一人 氏
鈴木一人 氏

 2009年6月2日に宇宙開発戦略本部で決定された宇宙基本計画は、今後10年の宇宙開発の動向を視野に入れた5年間の計画とされている。報道では5年間で34機の衛星を打ち上げることや、日本独自の月探査プログラムとして二足歩行ロボットを月に送るといった点が多く取り上げられているが、これらの報道は本基本計画の本質的な意義について十分に理解したものとは言えないのではないか、という印象を抱いている。

 本基本計画では、冒頭から、これまでの日本の宇宙開発が抱える問題点、すなわち宇宙に関する総合的な戦略の欠如、利用実績の乏しさ、産業競争力の不足といった問題点を率直に認めている。おおよそ政府は自らの誤りを認めないものであるが、宇宙基本法の成立に伴い、これまでの宇宙政策を所管してきた文部科学省から宇宙開発戦略本部に政策立案機能が移ったことで、過去の反省を踏まえた宇宙戦略を打ち出したことは政治的には大きな変化である。この意義は強調しすぎても足りないくらいであろう。

 また、宇宙開発利用に関する6つの方向性と9つのプログラムを提示し、利用を中心とした宇宙開発にシフトしたことを明示したことも大きな進歩である。これまで「開発してしまえば、後はどうなっても関知しない」という姿勢がありありと見えた文部科学省、総合科学技術会議の「政策大綱」や「中長期ビジョン」などとは大きな違いである。本基本計画の別紙1には、「参考」とはされているが具体的な衛星プログラムと利用担当省庁・機関が書き込まれ、利用する省庁・機関と一定程度の政策的な擦り合わせが行われた上で計画が立てられていることを伺わせる(あくまでも「参考」であるため、利用省庁・機関を拘束するものではない、という位置づけではあるが)。

 さらに、本基本計画がパブリックコメントに付された際には明示されなかった予算規模についても、大雑把ではあるが、別紙2の注1に衛星のコストが書き込まれたことで、今後5年間の予算規模がおおむね2.5兆円、つまり現在の年間予算の倍額となっていることを伺わせる数値も書き込まれた。将来的な予算に対するコミットメントを嫌う財務省に対して、宇宙開発戦略本部とその事務局が交渉を進め、最終的に間接的な言い回し(典型的な「霞が関文学」であるが)で、将来的な予算の大枠を示唆したということは大きな前進である。

 加えて、ここも大雑把な書き方ではあるが、宇宙科学衛星を5年間で3機、小型実証衛星を1年に1機という形で書き込んだことにも注目したい。一見するといい加減な計画のように見えるが、これは宇宙航空研究開発機構の宇宙科学本部(旧ISAS)と技術開発本部に一定の予算を確保した上で、自由に研究をする余地を設け、この枠組みの中で価値のある研究を進めることを奨励するメッセージとして受け止めるべきであろう。

 これらの点は、日本の宇宙開発史上の革命的な出来事であり、その意義は十分に認識されるべきことである。これまで宇宙開発を担当してきた文科省の職員ではなく、経産省出身の豊田正和事務局長をはじめ、宇宙開発政策にかかわる機会と経験が少なかったスタッフによって構成される宇宙開発戦略本部事務局が、1年という短い間に本格的な基本計画をまとめたことは高く評価されるべきであろう。

 しかし、この基本計画が期待通りの出来栄えとは言えないことも現実である。多くの重要な点で「〜を検討する」「〜を目標とする」といった表現が用いられており、おおよそ「計画」とは呼べないものまで書き込まれているという点はフラストレーションが残る。多くの話題を集めた月探査プログラムについても「我が国の総力を挙げ、1年程度をかけて(中略)検討する」となっている(もっとも総力を挙げて検討するということがどのようなことを指すのか不明だが)。

 こうした「計画」としての不完全性は、「研究開発から利用へ」という原則に基づいて計画を立てるべきであるところに、これまでの宇宙開発の「既得権益」を持つグループが何とかして彼らの望むプロジェクトを書き込むということを企図したものと見ることが出来る。1年という短い時間ですべての問題についてコンセンサスを得ることは困難であり、その結果として、こうした不完全性が出てくるのは当然といえば当然かもしれない。

 また、予算も大枠は示されたものの、別紙2の注3でも、「衛星打ち上げの前に必要となる、数年間の研究開発期間や衛星調達期間は、本図には記載していない」とされており、本来ならば本年度、来年度から研究開発を開始しなければならないプログラムに関しても、本基本計画はきちんと明示していない。これも財務省と調整する時間が足りなかったことの表れだろう。

 しかし、「計画」である限り、政府がきちんとしたコミットメントを示し、研究開発期間も含めて予算を明示し、将来的な事業の流れを明らかにしなければ、本基本計画が目指す「産業競争力の強化」には結びついていかない。これらのプログラムを実際に受注し、製造していくメーカーにとって、将来的なコミットメントがなく、予算が明示されていない中で作業を進めることは大きなリスクを伴う。産業競争力の強化を目指すのであれば、この点を修正していく必要がある。防衛分野では中期防衛力整備計画(中期防)という複数年にわたる予算を明示した計画を立てる仕組みがあるが、本基本計画も中期防と類似したコミットメントと、毎年の見直し作業を可能にするような仕組みが必要となろう。

 もう一点、大きな問題であるのは、メディアも注目した「5年間で34機」という表現である。別紙2を見ると明らかだが、政府が行う衛星開発・打ち上げをすべて足しても34機にはならない。本基本計画の3年目に当たる2011(平成23)年度は7機打ち上げることになっているが、このうち1機は三菱電機が独力で受注したST-2、もう1機は三菱重工が打ち上げを受注したKompsat-3である。また2012(平成24)年度以降、衛星2機、打ち上げ2機を民間が受注するという前提が設定されており、それが「34機」の中に含まれている。つまり、「34機」のうち、ST-2、Kompsat-3も含めて10機が民間による受注(政府予算からの支出はない)である、ということを意味する。実際に1年に衛星を2機、打ち上げを2機受注するというのは、これまでの日本の宇宙産業の競争力から見ても、またグローバル市場の現状から見ても、非現実的である。こうしたまがい物の数字を入れることで「34機」という数字だけが一人歩きするというのは望ましいことではない。

 このように、問題点も多く抱える本基本計画であるが、全体から見れば、やはり本基本計画の持つ歴史的な意義は大きい。大事なことは、この計画にきちんとした予算がつき、計画通りに衛星が打ち上がり、利用担当省庁・機関も積極的に宇宙利用を進める、という現実を伴うことである。まだ計画としては不完全なものであるため、まだコンセンサスを得られていない問題については早急に解決し、研究開発も含めたプログラムごとの計画をまとめ、計画を実行する基盤を整えることが急務であろう。そのためにも、宇宙基本法に書かれている内閣府宇宙局の設置と宇宙開発体制の見直しを早急に進め、基本計画の具体化と改善を進めることが求められる。そうすることで始めて、本基本計画が目指す「豊かな社会の実現」や「戦略的産業の育成」が現実のものとなっていくのである。

北海道大学公共政策大学院 准教授 鈴木一人 氏
鈴木一人 氏
(すずき かずと)

鈴木一人(すずき かずと) 氏のプロフィール
1970年長野県上田市生まれ、89年米カリフォルニア州サンマリノ高卒、95年立命館大学大学院国際関係研究科修士課程修了、2000年英国サセックス大学ヨーロッパ研究所博士課程修了、筑波大学社会科学系・国際総合学類専任講師、05年から筑波大学大学院人文社会科学研究科助教授(後准教授)、08年から現職。宇宙航空研究開発機構・産業連携センター招聘研究員も。専門は国際政治経済学、欧州連合(EU)研究。主な著書・論文は、「グローバリゼーションと国民国家」(田口富久治共著)、「EUの宇宙政策への展開:制度ライフサイクル論による分析」、「経済統合の政治的インパクト」など。

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