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危機をどう乗り越えるか(北澤宏一 氏 / 科学技術振興機構 理事長)

2009.04.23

北澤宏一 氏 / 科学技術振興機構 理事長

科学技術振興機構 理事長 北澤宏一 氏
北澤宏一 氏

 危機はチャンスにもなる。次の時代は前の危機をどう乗り越えるかで決まる。

 オバマ大統領のグリーン・ニューディールは住宅から交通まで米社会を省エネ・ライフスタイルに一新しようとする野心的な政策である。新エネルギー開発を、目指す研究所が各地の大学に設立される。地球環境問題でこれまでブレーキ役だった米国のイメージがまったく変わった。

 一方、世界外交の手詰まり状態にも変化が起ころうとしている。大統領のイスラム圏訪問では、トルコの大学での対話集会で学生たちと熱心に語り合う様子が放映された。人類のなすべきことは、テロ対策のための技術開発なのか、それとも人種・宗教間の融和への努力なのか。困難であっても大きな変化を期待したい。

 チェコ・プラハの演説でオバマ大統領は「今日、わたしははっきりと信念を持って、核兵器のない世界の平和と安全保障の実現に米国が取り組むことを宣言する」と述べた。「米国は核兵器を使ったことがある唯一の国として行動を起こす道義的責任がある。ロシア大統領と私は、年末までに法的拘束力のある新合意を目指す。私たちが平和を追求しなければ、永遠に平和にたどりつかない。あきらめることはやさしい。そうやって戦争が始まる。そうやって人類の進歩が終わる」。演説のごく一部である。

 バブル崩壊後20年近く、閉塞感の中におかれてきた日本にも、危機をバネにするチャンスが今来ようとしている。今回、景気刺激策として、通常の予算ではできなかった未来志向型の政策が数多く盛り込まれることになった。暗がりに曙光が差した感じがする。私が所属する科学技術振興機構の仕事に直接かかわる分野でも、小学校の理科教育の充実、太陽エネルギーの本格導入、そして未来の大型で重要な産業育成、医療技術の開発までたくさんの宿題が与えられた。

 科学技術関連の投資は、計測機器などの導入に伴って部品や材料の需要が喚起され、景気刺激効果が大きいとされる。しかしながら、お金を使う側に立つ私たちとしては、景気刺激にとどまらず、未来の教育や技術開発の成果につなげるための大きな努力の始まりと受けとめている。

(本記事は、信濃毎日新聞 4月20日朝刊「科学面」から転載)

科学技術振興機構 理事長 北澤宏一 氏
北澤宏一 氏
(きたざわ こういち)

北澤宏一(きたざわ こういち) 氏のプロフィール
1943年長野県飯山市生まれ。長野高校卒、東京大学理学部卒、同大学院修士課程修了、米マサチューセッツ工科大学博士課程修了。東京大学工学部教授、科学技術振興機構理事などを経て2007年10月から現職。日本学術会議会員。専門分野は物理化学、固体物理、材料科学、磁気科学、超電導工学。特に高温超電導セラミックスの研究で国際的に知られ、80年代後半、高温超電導フィーバーの火付け役を果たす。著書に「科学技術者のみた日本・経済の夢」など。

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