「国力に合った科学技術国際協力を」
国際協力の重要性は科学技術分野でも高まりつつある。しかし、東日本大震災では日本から発信される福島第一原子力発電所事故に関する情報があまりに少なく、海外諸国の日本に対する不信感を高めてしまった。地球環境、防災、感染症対策など世界共通の課題に関しては国際協力を進め、知識を共有すべきだというのが国際社会の常識になりつつある中で、日本の政府、産業界、学界に対する評価は大きく低下したことが心配される。科学技術分野における日本の国際協力の実態はどうなのだろうか。1月に、経済協力開発機構(OECD)科学技術政策委員会の小委員会である「グローバル・サイエンス・フォーラム」の議長に就任した永野 博・政策研究大学院大学教授に聞いた。
―地球規模の課題解決ということが近年、よく聞かれますが、この面での日本の国際的な活動の状況はいかがですか。
地球規模課題の解決に寄与するユニークなアプローチとして日本は2008年に「SATREPS」プログラム(地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム)を始めました。SATREPSは、科学技術振興機構(JST)と国際協力機構(JICA)が協力して進めている事業で、科学技術協力と政府開発援助(ODA)を掛け合わせることにより相乗的効果を狙うという、政策として世界をリードするような試みです。環境・エネルギー(低炭素エネルギーを含む)、生物資源、防災、感染症という4つの分野で、60もの研究協力プロジェクトが進行中で、協力相手国も、アジア、アフリカ、中南米から東欧や太平洋の島国まで33カ国に及んでいます。
一方、世界の動きをみると2007年の主要国首脳会議(ドイツ・ハイリゲンダムサミット)で、世界経済や気候変動などが議題となり、地球規模問題に対応するための国際協力についてOECDのグローバル・サイエンス・フォーラムで検討していくことになりました。そこでグローバル・サイエンス・フォーラムではわが国の提案により、国際共同研究のための研究予算と外交のための開発援助予算を組み合わせて活用する方法の意義、活用法、普遍性、このような国際協力プログラムをつくり上げる際に注意すべき点などについて検討することになりました。昨年9月にはOECDの会議としては珍しく南アフリカのプレトリアでワークショップも開かれ、日本からはJST、JICA、文部科学省が参加しました。SATREPSプログラムは科学技術と開発援助という2つの目的を持った先進国と開発途上国による極めてユニークな共同研究プログラムだと大きな評価を得ました。グローバル・サイエンス・フォーラムからは4月にとりまとめの報告書 も出ており、OECD全体の中でも注目されています。
―確かに地球規模課題対応国際科学技術協力プログラムはスタート早々、南アフリカを含む多くの国々から関心がよせられた、と聞いていました。そのほかに最近の活動にはどのようなものがあるのでしょうか?
日本の主導で始まったグローバル・サイエンス・フォーラムにおけるユニークな活動の例としては「科学的公正の向上と研究不正行為の防止」活動があります。2006年に大学で研究費の不正使用などが発覚、日本学術会議も重視し、文部科学省が研究不正行為防止の指針をまとめた経緯があります。その翌年の2007年2月、日本の提案に基づきグローバル・サイエンス・フォーラムは東京で、こうしたテーマでは世界で初めてのワークショップを開きました。そこでは、論文のねつ造、改ざん、盗用などの研究不正に対する効果的な対策、研究不正の起きにくい科学システムなどが話し合われました。議論の成果は国際的な指針のとりまとめにつながりました。
もう一つの事例を紹介すると、例えば、国際熱核融合実験炉(ITER)計画をスタートさせるまでにさまざまな問題がありました。立地をはじめ、職員の構成、財政など、たまたま担当になった関係者にとっては初めての問題ですから、わけもわからず忙殺されてしまいました。今後も、似たような国際共同の大規模な計画が始まると、どの国においてか分かりませんが、その時の担当者が必ず同じ目に遭います。昨年、グローバル・サイエンス・フォーラムが出した「大規模国際研究施設建設に関する報告http://www.oecd.org/dataoecd/17/22/47027330.pdf」には、ITER関係者をはじめとするいろいろな人にインタビューした結果が報告されています。どういうことが問題だったか、もしもう一度遭遇したらどんなことに注意しなければいけないかというようなことが書かれていますから、これからの大型国際共同研究施設の計画をする担当者には大いに参考になるはずです。
このほかとしては、今年3月に宇宙粒子物理学に関する報告書 を出しました。これはニュートリノ、ダークマター、重力波などを探求する次の世代の研究施設は膨大な資金がかかるので、早い段階から各国がどういうことをやりたいか、どういう計画を持っているかを議論し、世界におけるこれらの研究施設の今後のスムースな実現に寄与することを狙ったものです。
―地味といえば地味ですが、基盤的な部分をよくやっているという印象です。永野さんがグローバル・サイエンス・フォーラムの新しい議長に就任された意味を、最後にうかがいます。
日本はグローバルなネットワークに入れていません。入っていないということを認識できる機会もなく、井の中の蛙(かわず)のような議論が横行しています。国境を越えた人の出入りが極めて少ないからです。国境を接している国もないので危機感もありません。日本はGDP(国内総生産)で中国に抜かれましたが、なんだかんだ言っても世界3位の経済規模を有しています。国全体の研究開発費も大きいわけですから、日本がこの分野で果たせる役割というのもまた非常に大きいはずです。
いろいろな分野で日本の競争力が低下したといわれていますが、科学技術のレベルはそれなりに評価されています。日本の顔が見えないということは本来あってはならないことで、年齢に関係なくもっともっと海外や国際機関で働いたり、国際的な共同研究などに携わる人が増えてほしいものです。私もそのために頑張ろうと思いますので、若い人にもどんどん出てきてほしいですね。いつになっても実現しない若い人が外に出られる環境づくりこそ科学技術基本計画の役割であり、それを実現できるかどうかが近い将来のわが国の生命線、即ちわが国の生死を左右するのではないか、と思っています。
(完)
永野 博(ながの ひろし) 氏のプロフィール
慶應義塾高校卒。1971年慶應義塾大学工学部卒、73年同大学法学部卒、科学技術庁入庁。在ドイツ日本大使館一等書記官、文部科学省国際統括官、日本ユネスコ国内委員会事務総長、文部科学省科学技術政策研究所長などを経て、2005年科学技術振興機構研究開発戦略センター上席フェロー、06年科学技術振興機構理事、07年政策研究大学院大学教授。科学技術振興機構研究開発戦略センター特任フェローも。経済協力開発機構(OECD)では06年から科学技術政策委員会(CSTP)グローバル・サイエンス・フォーラム(GSF)副議長、11年1月から現職。この世代では珍しい工学部と法学部を卒業したダブルディグリー。大学時代1年休学して海外経験も。2002年のヨハネスベルク・サミットに出席し、持続的発展、国内外の民間運動の重要性を認識。専門分野は科学技術政策、若手研究者支援、科学技術国際関係など。