松本和子・早稲田大教授の研究費不正受給疑惑は、やはり大きな社会問題に発展しつつある。
この疑惑を最初に報じた読売新聞は、29日朝刊トップで、2001年に教授が、米化学誌に発表した論文にデータねつ造の疑いがある、と日本化学会が調査に乗り出した、ことを伝えた。「松本教授が獲得した国の大型研究費の多くは、この論文に関連する研究に対して配分されていた」という。ねつ造が事実だとすると、問題はさらに深刻ということになる。
文部科学省は大学の立ち入り調査をする一方、大学側が具体的な再発防止策を示すまで、今年度交付する予定の国の研究費13億円の支給を凍結することを大学に伝えている。
「科学者のモラルも心配になる」(読売)、「国民の信頼を損なった」(朝日)、「告発推進より予防に重点を」(毎日)、「再発防止の仕組み作りを」(産経)、「研究不正に潜むバブル体質」(日経)。各新聞の社説の見出しを掲載日順に並べてみた。
問題を起こした教授は、科学技術政策を取り仕切る総合科学技術会議の議員を最近まで務めていた。こうした事実に驚く一方、このような不正が起こりやすい背景についても、各紙、一様に指摘しているのが目尾を引く。教授個人の倫理観を問うだけでは済まない問題、ととらえているということだろう。
「不正の動機として共通するのは、研究室の運営費作りだ。研究者の急な出張や会合などのために、物品購入などで不正に捻(ねん)出した金をプールする。…。研究者に利益追求が強く求められ、起業や企業の役員兼務も可能になった。これも不正の温床になりかねない」(読売)。「研究投資を重点化する政府の方針の下で巨額の研究費を受けているグループに、とりわけ問題が目立つのは困ったことだ。…。1千万円近い金が余るとなると、配分自体が適切だったのか、疑問が残る」(朝日)、「科学技術予算が急増した10年前から各省が熟慮もせずに研究費をばらまき、バブルの風潮を助長したから、研究者の自覚を促せば十分というわけではない」(日経)など。
毎日新聞30日朝刊「戦後60年の原点」シリーズの「科学・教育」面で、ノーベル物理学賞受賞者の小柴昌俊・東大特別栄誉教授が、次のように語っている。
「総合科学技術会議が2、3年先の事項だけを決めててね、それで仕事が済んだと思っているようじゃだめなんだ。10年、20年先を眺めて、まず基礎科学をどうするかを考えなければいけない。…。基礎科学を考えるときは、『国家百年の大計』という言葉を頭に置く必要がありますよ」
研究成果の社会還元と、基礎科学の重視という要請にどう研究費配分のバランスをとるか。今回の問題が、こうした議論をあらためて活発化させるのは間違いないと思われる。
さて、問題が科学技術政策のありようにまで発展しつつあるのと並行して、教授および大学に固有の問題がないのか? このような視点で教授周辺の実情に迫った毎日新聞29日朝刊総合面の記事「『聖域』調査甘く」(須田桃子、元村有希子、下桐実雅子記者)にいくつか興味深い記述がある。
大学が23日に文部科学省に提出した報告書の中で明らかにされた事実のひとつに「教授が取締役を務めていた株式会社と研究室との間で不明瞭な取引があった可能性があること、とその事実を大学は平成16年7月において把握していながら関係省庁への報告が行われていなかった」(23日付、結城・文部科学次官談話)ことがある。
毎日新聞の記事によると、平成16年7月時点で文部科学省などへの報告を押さえた責任がだれにあるかについて、当事者である前大学理事(今回の報告をまとめた調査委員長)と理工学部長の言い分が正反対という。
さらに記事は「今回のゴタゴタの裏で見え隠れする」同大学総長選について触れており、問題発覚と総長選に何らかの関連がある可能性を示唆している。(引用は各新聞東京版から)