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乾燥地生物資源の有効利用を - 科学技術外交の視点から(礒田博子 氏 / 筑波大学大学院 生命環境科学研究科 教授)

2010.01.21

礒田博子 氏 / 筑波大学大学院 生命環境科学研究科 教授

筑波大学大学院 生命環境科学研究科 教授 礒田博子 氏
礒田博子 氏

 昨今の地球温暖化や人類の活動による環境破壊と生物多様性の減少は今や地球規模で人類が直面する課題である。特に地球の陸地の約40%を占める乾燥地においてはこれらの問題が砂漠化の進行という形で顕著に現れている。その一方で、特に中国内陸部から中央アジア、中東、北アフリカに広がる乾燥地に位置する国々は多くが途上国であり、貧困削減のために開発を進めなければならないというジレンマを抱えている。この相反する課題を解決するためには、生物資源・水資源・鉱物資源などの乾燥地が持つ資源の有効利用が大きな鍵のひとつであるが、そのための研究開発や社会実装にあたっては従前の専門領域にとらわれない多面的な視点からのアプローチが必要である。そのため、先進国であるわが国が担う「科学技術外交」として、環境と調和した持続的発展のための乾燥地資源の有効利用を多面的視点から取り組む学術研究が必要であろう。

 これまで、生物資源利用研究においては、先進国の研究者により医薬品への有効利用を目的とした生物資源探査が、熱帯雨林地域を中心に行われてきた。一方、乾燥地域に関しては、生物の絶対数が少ないという認識や、発展途上国地域あるいは一部イスラム社会ということもあり、生物資源を対象とした機能解析研究は非常に遅れているのが現状である。また、わが国は乾燥地ではなく乾燥地研究の堅固な足場を持たないことから、乾燥地生物資源の機能性を対象とした組織的な学術的研究はこれまで進んでいなかった。

 乾燥地に生育する植物は、過酷な生育環境からのストレスを防御する機能を有しており、それを担うユニークな機能性成分が含まれていると考えられている。最近の研究では、例えばサハラ砂漠のオアシスに生息するオリーブや薬用植物には地中海沿岸に生息する種に比べ数倍高い抗酸化物質(ポリフェノールなど)が含まれていること、またそれらの物質には抗腫瘍(しゅよう)活性、抗アレルギー活性、神経細胞死抑制作用、皮膚機能活性などが報告されている。ヒトの健康維持、疾病の治療・改善につながる生物資源の有効利用を、乾燥地域に存在する国々との共同事業として目指す研究により創出される多様な産業は、経済的発展を通じ、わが国の新しいタイプの国際貢献と位置づけられる。

 2008年5月開催の総合科学技術会議において承認された「科学技術外交の強化に向けて」では、科学技術と外交を連携し相互に発展させる「科学技術外交」を推進するためにわが国が取り組むべき43項目の施策があげられている。その中には、地球規模の課題解決に向けた開発途上国との科学技術協力の強化のための科学技術協力の実施および成果の提供・実証として、「地球規模課題対応国際科学技術協力」が記述されている。

 「地球規模課題対応国際科学技術協力事業」は、科学技術振興機構(JST)と国際協力機構(JICA)が連携して地球規模課題を対象とする開発途上国との国際共同研究を推進することにより、地球規模課題の解決および科学技術水準の向上につながる新たな知見を相手国研究機関と共同で獲得することを目指している。開発途上国のニーズを基に、地球規模課題(1国や1地域だけで解決することが困難であり、国際社会が共同で取り組むことが求められている課題)を対象とし、将来的な社会実装(具体的な研究成果の社会還元)の構想を有する国際共同研究を政府開発援助(ODA)と連携して推進し、地球規模課題の解決および科学技術水準の向上につながる新たな知見を獲得することを目的としている。また、その国際共同研究を通じて開発途上国の自立的研究開発能力の向上と課題解決に資する持続的活動体制の構築を図るものである。

 このような背景の中で私が研究代表者を務めるプロジェクト「乾燥地生物資源の機能解析と有効利用」(地球規模課題対応国際科学技術協力事業)が昨年、スタートした。このプロジェクトでは、北アフリカのチュニジア乾燥地域を対象として、食文化や伝承的薬効情報に基づく有用生物資源調査、植生分布調査を展開するとともに、乾燥地の劣化環境因子である温度・土壌塩類などの特性調査、生息環境調査を実施し、同調査を基に選別した生物資源の網羅的な成分分析および機能性解析を行い、乾燥地生物資源の種・生息環境情報、機能・成分・化合物情報などを網羅するデータベース、および種子や機能成分のバーコード管理ライブラリーを作成していく。さらに、環境順応を目指した栽培・育種法の技術開発を行い、食品利用加工技術を導入することで、乾燥地生物資源の高度利用を図ることを目的としている。

 北アフリカ地域は大陸型の乾燥地とは異なり地中海からサハラ砂漠までの距離が短く、乾燥傾度が大きいことからユニークな生物多様性を有しているのが特徴的である。ゴンドワナ大陸(南米・アフリカ・オーストラリア・インド・南極)で唯一の全北植物区であり,植物地理学的にもユニークな植物相が存在する。また、環地中海地域はさまざまな機能性を有する薬用植物の宝庫であり、古代から地中海沿岸諸国にはこの植物を伝承的な香草やスパイスとして利用して来た興味深い「食と薬の文化」がある。

 アラブ・イスラーム、アフリカ、環地中海の文明の交差点である北アフリカは、未知の可能性を秘めた生物・遺伝資源の宝庫かつ地球規模の環境問題を先駆的に追求できる地域であるだけでなく、東西思想交流の鍵を握る重要な地域であるが、わが国にとって総合的理解と研究が他地域に比べて遅れた地域である。かかる研究状況に鑑み、同地域を環地中海ならびにアフリカ全土を見渡す教育研究拠点として戦略的にとらえ、サステイナブルな社会構築のビジョンを日本へ、世界へ提案・発信できる研究対象として、北アフリカに着眼している。

 2008年5月開催の「第4回アフリカ開発会議」ならびに7月開催の「北海道洞爺湖サミット」において、アフリカ開発の機運が高まる中、研究成果を知的国際貢献に生かす科学技術協力の具体的な実施が期待され、本事業の実施は時宜を得たものと考えている。

筑波大学大学院 生命環境科学研究科 教授 礒田博子 氏
礒田博子 氏
(いそだ ひろこ)

礒田博子(いそだ ひろこ) 氏のプロフィール
1985年筑波大学第2学群農林学類卒。雪印乳業株式会社、筑波大学大学院、米国コーネル大学獣医学部研究生を経て、97年筑波大学生物科学系準研究員。2002年国立環境研究所フェロー、04年筑波大学大学院生命環境科学研究科北アフリカ研究センター准教授、07年から現職。筑波大学北アフリカ研究センター副センター長も。主な研究テーマは「乾燥地有用生物資源の機能解析と有効利用に関する研究」「動物細胞工学を用いた食品成分機能解析および環境安全性評価に関する研究」。日本学術会議連携会員。

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