インタビュー

第2回「大災害を乗り越え世界水準の研究、教育を」(阿部博之 氏 / 科学技術振興機構 顧問、元東北大学 総長)

2011.07.04

阿部博之 氏 / 科学技術振興機構 顧問、元東北大学 総長

「科学者よ、国家的な危機克服の牽引車たれ」

阿部博之 氏
阿部博之 氏

東日本大震災をきっかけに東京電力福島第一原子力発電所で甚大な爆発事故が起き、乳幼児を抱えた母親たちは放射性物質の拡散に不安な毎日を送っている。原発の安全神話を政府、電力会社と共につくり上げてきた多くの科学者・技術者たちは、事故が起きた途端に「想定外」との言い訳や沈黙を始めた。これでは科学技術に対する国民の信頼も揺らぎかねない。日本の科学技術政策の司令塔ともいわれる総合科学技術会議の筆頭議員でもあった元東北大学総長の阿部博之・科学技術振興機構顧問が、「事故は科学者・技術者の責任だ。もっと倫理観を持て」と喝を入れ、国民の信頼を取り戻すよう呼びかけている。

―ご自宅は仙台市内ですね。かなりの被害に遭われたのでしょうか。

私の家は、宮城県沖地震(1978年)後に建てた鉄骨建築なので家そのものには大きな被害はありませんでした。でも棚から食器が飛び出したり、本棚からたくさんの本が崩れ落ちたりしました。地割れで建物に細かい被害が現れ、駐車場の床もひび割れしていました。庭の石垣に亀裂が出たのが近所のご迷惑にならないかと心配しています。

大変だったのはライフラインの電気、水道、ガスが止まったために、街まで出かけて長い列に並んでパンを買いました。電気は5日ほどでつきましたが、水道が復旧するのに17日間もかかりました。遠くから応援に駆けつけてくれたボランティアの皆さんが給水をしてくださいました。大変にお世話になり、本当に頭が下がる思いです。

行列を待ちながら見知らぬ人と雑談していて感心させられたことがあります。ある人は、自宅庭の土の中に大根やネギなどを保存する伝統的な生活の知恵を実践していてこの急場をしのいだり、またある人はツイッターやネットを巧みに使いこなして、役所のサービスやライフライン復旧工事の日程などを的確に入手したりしていたことです。危機に際して皆さんそれぞれに生き抜く素晴らしい知恵や力を持っていることを実感しました。

―古巣の東北大学の被害が大きかったようですね。

東北大学は理学部、工学部、薬学部のある青葉山キャンパスの建物被害が大きかった。それも昭和40年代の前半(1960年代)に建てた8階程度以上のビルに被害が集中しました。耐震の専門家から警告を受けていたのですが、これも東京電力と似たところがあって、いつ来るか分からない大地震になかなか特別な予算を出せなかったようです。それでも数年前に補強したので倒れませんでしたが、建物内部が壊れて人が入れなくなったところがあります。

ここ数年以内に新築した免震、制震建築は、10階以上の高層でもしっかりしていました。東北大学の被害総額は約770億円ですが、その半分近くが高度な実験設備の被害だったようです。私の次男は仙台市内で免震マンションの9階に住んでいますが、コップ一つ壊れなかったと自慢していました。場所によっても違うのでしょうが、日本の建築技術のレベルの高さを再認識させられました。

―留学生たちが、風評で母国に引き揚げたようですね。

外国人研究者や大学院の留学生は一時的に帰国しましたが、今はほとんど東北大学に戻ってきています。ただこれから留学を希望する学部学生などは敬遠するかもしれませんね。仙台の正確な情報が届かずに風評被害を信じてしまうようなら影響が出てくるでしょう。

外国からは日本が地震列島であり、津波や原発の危険のある国とみられています。ですから留学先を危険性のない国に求めようとするのは当然です。日本はそれを乗り越えて、世界水準の研究や教育ができるのだということをきちんと示していくことが重要です。私はそれが復興の一つの基準になると思います。

―被災地に対する風評被害はまだまだ深刻です。

福島から離れているからわが街の農水産物は安全です、という人がいますが、これでは風評被害の真の解決にはなりません。福島産が安全だという日本政府の保証は必要ですが、世界に広く認めてもらえるように急ぐことが大切です。

復興には経済の活性化がなによりも重要です。被災地の意気込みをできるだけ尊重し、迅速に投資してほしいものです。ただし現地にもいろいろと悩みがあって、困窮を極める現状から早く脱したいという強い希望と同時に、将来の方向性や展望をとにかく示してほしいとの両面があります。未曾有の災害に政府がどのように対応したかが、これからの歴史的評価の対象になりますので、現地を説得してでもしっかりやってほしいと思います。

同時に海外も、日本がどう変わるかに強い関心を持っています。復興をテコにして日本がいかに社会改革につなげていくか、活性化を図り魅力的な投資市場としていくかを見守っています。単なる現在の延長ではなく、新しい未来を描くことが求められているのです。

(科学ジャーナリスト 浅羽 雅晴)

(続く)

阿部博之 氏
(あべ ひろゆき)
阿部博之 氏
(あべ ひろゆき)

阿部博之(あべ ひろゆき) 氏のプロフィール
1936年生まれ。宮城県仙台第二高校、59年東北大学工学部卒業。日本電気株式会社入社(62年まで)、67年東北大学大学院機械工学専攻博士課程修了、工学博士。77年東北大学教授、93年東北大学工学部長・工学研究科長。96年東北大学総長、2002年東北大学名誉教授。03年1月-07年1月、総合科学技術会議議員。02年には知的財産戦略会議の座長を務め、「知的財産戦略大綱」をまとめる。現在、科学技術振興機構顧問。専門は機械工学、材料力学、固体力学。

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