レポート

科学のおすすめ本ー 土壌汚染 フクシマの放射性物質のゆくえ

2013.10.12

永山悦子氏 / 推薦者/科学ジャーナリスト

「土壌汚染 フクシマの放射性物質のゆくえ」
 ISBN: 978-4-14-091208-9
 定 価: 950円+税
 著 者: 中西友子 氏
 発 行: NHK出版
 頁: 224頁
 発行日: 2013年9月27日

2011年3月11日に起きた東京電力福島第一原発事故によって拡散した放射性物質は、事故から2年半を過ぎた今も、膨大な立ち入り禁止区域を生み、多くの人々を苦しめている。この放射性物質は現在、どのような状態で土壌に存在しているのか。今も拡散を続けているのか。除染は可能なのか。事故直後から丹念な現地調査、実験に取り組んできた東京大学の研究チームの調査研究の結果と、そこから見えてきたことが平易に解説されている。

同事故による放射性物質については、科学的にすべてが解明されていないことから、逃れようのない不安感や、農作物への風評被害を広げた。著者ら農学部の研究者たちは、事故による放射性物質が福島県の今後の農業・漁業にどのような影響を与えるかを明らかにするため、冷静な視点で調査に取り組み、現場に住む人たち、農家の人たちとの交流を重ねながら分析してきた。最初に「まずはその実態を正確に知ってほしい」と呼びかける。

調査から分かったのは、「放射能汚染について再度見つめ直す必要が出てきた。放射性物質の動きや分布が、事故直後とは変わってきたからだ」という視点だ。放射性物質の中でも、健康・環境への影響が大きい放射性セシウムが土壌に強く吸着していることが分かってきた。これらのセシウムは、植物も吸い上げられないほど、強固に吸着している。

その根拠はこうだ。放射性セシウムの分布を調べたところ、事故直後は雨などによって放射性セシウムの移動がみられたが、事故から半年以降は、土壌中の放射性セシウムの分布はほとんど動かなくなった。時間の経過とともに、土壌に付着した放射性セシウムがより強固に土壌に吸着し、大雨が降ってもほとんど動かず、土壌の表層にとどまるようになったのだ。

また、事故から2年たつと、放射性セシウムが含まれる土壌で作物を栽培しても、土壌中の放射性セシウムを作物が吸収することがなくなった。この結果、福島県の放射性物質の検査で、汚染された作物がほとんど検出されなくなったと考えられるという。また、当初の放射性セシウムの吸い上げが比較的多かった時期も、種子への移行は低くかったことから、作物について著者は「子孫にはできるだけ害を与えない環境を整えたいという親心のようである」と分析する。同様の継続的な調査によって、森林から水や大気を通じて出て行く放射性セシウムも、非常に少ないことが分かった。落ち葉などに付着した放射性セシウムは、そのまま土壌に移り、土壌表面にとどまっている状態になっているという。

では、放射性物質が強固に付着した土壌は、どのように除染すればよいのか。著者は「除染に関しては、先入観にとらわれず柔軟に判断していく必要がある」と説く。つまり、現段階では「ベスト」の除染方法は確立していないということだ。

ヒマワリを使った除染は、これまでのデータから、効果がほとんどないことが明らかになっている。一方、ヒマワリの種子にほとんど放射性物質が蓄積しないことから、バイオ燃料に活用する可能性を示す。また、「農家の資本」ともいえる土壌を失うことは、「農業という生産現場そのものを廃棄するに等しい」という農家の視点を強調する。化学物質などを使って土壌から放射性セシウムを取り除けば、二度と農業に使えない土壌になる。このため、すき込みや、ごく表面の土壌のみを取り除く、などの手法が紹介されている。

植物、動物含め、私たちが食べるものすべてを生み出す土壌を汚した原発事故の責任の重さは、計り知れない。そこから農業は再生できるのか。誰も経験したことがない難局に立ちながら、著者らの地道な研究は、将来を考え始める糸口を示している。そして、こうした調査研究の継続の重要性を訴えている。

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