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国民を信頼し、国民の意見に従え(児玉龍彦 氏 / 東京大学 先端科学技術研究センター 教授、東京大学 アイソトープ総合センター長)

2011.10.14

児玉龍彦 氏 / 東京大学 先端科学技術研究センター 教授、東京大学 アイソトープ総合センター長

日本記者クラブ主催記者会見(2011年10月19日)から

東京大学 先端科学技術研究センター 教授、東京大学 アイソトープ総合センター長 児玉龍彦 氏
児玉龍彦 氏

 私が7月27日に国会で参考人として証言したのは、マスコミに対する怒りからだ。7月9日、福島県南相馬市から出荷した牛から基準を超える放射性セシウムが検出された。その時、私は南相馬市にいたのだが、地震、津波被害に対し先頭に立って闘っていた市の経済部長が「もう私の力では駄目かと思う」としょう然としていた。

 その時、私は申し上げた。「福島第一原子力発電所事故で膨大な量の放射性物質が放出されたことを考えれば、決して皆さんの責任ではない」と。事実、南相馬市の後、県内だけでなく他の県の牛からも放射性セシウムが出た。ところが7月12日のある新聞は「農家のうそ」と書いた。農林水産省が「汚染されていない餌を与え、水などにも注意するように」という通達を3月19日に出し、いろいろ聞き取り調査も行ったのに、肉牛飼育農家がそれに応えず汚染した稲わらを与えたのがいけない、というわけだ。

 通達が出た時期の南相馬の状況はどうか。食料はなくガソリンもない。どうやって生きて行けるか市長が悲痛な支援要請を出すという状態だった。その最中に来た1枚のファクスの内容がどこまで伝わっただろうか。酪農家は、飼料を全部外国から買い、水も地下水に代えるなど毎月何十万円もの費用を負担しながら牛を飼育しているのだ。昨年買った稲わらが放射性セシウムに汚染されていたことを知らなかったのは、過失かもしれない。しかし、それを「うそ」というべきだろうか。「うそ」というのは知っていた上で行った場合に言うべきだ。新聞は「うそ」と書いたことに対して、何らかの責任をとっただろうか。反省しただろうか。それどころか同じ新聞は「農家は強い責任を持て」という社説も書いている。

 今回の原発事故の最も重要な点は、放出された放射性物質の量が非常に多かったということだ。政府の試算でも、放射性セシウムの放出量は広島原爆の168倍とされている。もともとセシウム137は、1945年に最初の核実験が行われるまで地球環境中にはなかった。ワインが19世紀のものかどうかといった鑑定にも用いられているくらいだ。広島原爆に続く、米国、ソ連、中国などの核実験でもかなり放出されたが、今回は桁違いに量が多い。これだけ大量の放射性物質が環境に放出されると、まき散らされた放射性物質がどこで濃縮されるかを予測するのは現実的にほとんど不可能だ。

 さらに原爆から放出された放射性物質は1年たつと1,000分の1程度に低下するのに対して、原発からの放射性物質は10分の1程度にしかならない。総量として非常に多くの放射性物質が出たという前提で、きちんと食品や土壌の汚染を確かめ、除去する。除去の基本は、総量を隔離して放射能の減衰を待つしかない、ということを理解しないと、今回の事態を正しく報道することもできない。「農家は強い責任を持て」といった社説は全く実情に合っていない。

 今回の政府の対応で問題なことの一つは「20-30キロ圏」というものを設定したことだ(編集者注)。福島第一原子力発電所から20キロ以内を「直接的な被害が及ぶかもしれないから避難しなさい」としたことは非常に分かりやすい。ところが「20-30キロ圏」は、一体だれが避難して、だれが残るかも分からない。線量の測定もないし、何の目的かも分からない。私どもが放射線管理で習っている危機管理で絶対やってはいけないことだった。危機管理の基本は、線引きを明確にして、あいまいなゾーンを残さないということだ。

 その結果、南相馬市では、20-30キロ圏の学校が休校、病院は休止となった。海側で実際には線量の低い地域の生徒1,700人を、毎日100万円のスクールバス代をかけてより線量の高い山側30キロ圏の学校へ通わせることを政府に強いられた。

 「20-30キロ圏」が設定されたことで、現地へ行くと住民に複雑な対立を巻き起こしていることが分かる。避難と補償が絡んでいるからだ。国会でも証言したが、健康被害と補償の問題は分けて議論し、まず健康被害の問題での対応を急ぐべきだ。

 科学者がすべきことは次の4つだと思う。第1番目に事実を正しく住民に伝えること、2番目にその意味を分かりやすく伝えること、第3番目に自分の意見を決して強制しないこと、第4番目に住民の自主的な判断を応援することだ。今、行政や科学者の一部、マスコミの一部、さまざまな社会運動家の中には、こうした原則を逸脱して自分たちの見方からこういう方策が正しいと主張することが非常に多い。しかし、ひとたび現地に入ると、住民の願いや希望というのは全く違ったところにあるという事実にすぐ気づくはずだ。

 われわれは南相馬市から「小さい子どもを守るための施策を」と要請され、教育委員会からは具体的に放射線量を測定して除染法を指導してほしいと頼まれた。測定してみると、一つの幼稚園の中でも校庭が1時間当たり1マイクロシーベルトで、滑り台の下は5-10マイクロシーベルト、屋根の上は33マイクロシーベルトというようなばらつきがある。最初に除染作業を行った幼稚園では、土を替えるなどの作業で校庭の年間積算線量を5.8ミリシーベルトから0.8ミリシーベルトまで下げることができた。しかしながら、教室の中が1.2ミリシーベルトと、まだ下がりが悪い。屋根の汚染が大きいからだ。校庭だけでなく屋根の除染も必要になるなど、緊急の除染だけをとってもまだまだ課題が多い。

 福島の被災者は2つの問題を抱えている。一つは、地域全体が汚染されているために既に被ばく量が多く、土壌汚染、その他、自分たちの周りでつくった野菜なども汚染されているかもしれないという特別の問題がある。もう一つは全般的な食物汚染の問題だ。全量検査ができるようになるまで安心できないので、生産者も困っている。福島を中心とした放射線被害の被災者の支援をまず優先すべきだ。それには被災者の立場とその人たちの願いをよく理解して、緊急の対応をすることが最も大事だと思っている。

 除染の問題に限らず、廃棄物処理、健康被害の問題いずれをとっても日々、判断が変わることも求められている。汚泥にしてもどこに放射線量が急に高くなる場所が現れるか分からない。それを役所に任せると一つの線引きのままずっと行ってしまう。一刻も早く原子力安全委員会に代わる国民が信頼できる機関をつくることが必要だ。

 除染を自治体が企業と協力してやることができないのも違和感がある。例えば水の洗浄や、処理場の建設に詳しい日本企業はたくさんある。民間の専門家が入らないとうまくいかないのではないか。技術もノウハウもなく進めては、予算の無駄遣いになってしまうだけだ。

 考え方を変え、もう一度国民を信頼して、国民の意見に従って政治の機構を変えていくことが必要ではないだろうか。そうすることで科学技術力の低下やデフレスパイラルに歯止めをかけて、新しい社会の希望が見えてくることが期待できる。実際に被災者と一緒に除染作業などをやっていて、そういう希望が見えてきていると感じる。

 編集者注:菅首相は3月15日、福島第一原発周辺20キロの住民への避難指示とともに、20-30キロの範囲の住民たちに屋内退避を求めた。その後、4月11日なって、20キロ外でも長期間にわたり放射線被ばくが予測される地域を、新たに「計画的避難区域」に設定し、20-30キロ圏で「計画的避難区域」にしてされなかった区域を「緊急時避難準備区域」に指定した。

東京大学 先端科学技術研究センター 教授、東京大学 アイソトープ総合センター長 児玉龍彦 氏
児玉龍彦 氏
(こだま たつひこ)

児玉龍彦(こだま たつひこ)氏のプロフィール
東京教育大学附属駒場高校卒。1977年東京大学医学部卒、東京大学付属病院医師に。マサチューセッツ工科大学研究員、東京大学医学部助手を経て、96年東京大学先端科学技術研究センター教授。2011年から東京大学アイソトープ総合センター長を兼務。専門は内科。医学博士。7月27日に衆院厚生労働委員会で参考人として福島第一原発事故の深刻さを詳述し、政府の対応を批判した証言が大きな反響を呼ぶ。著書に「内部被曝の現実」(幻冬舎新書)など。

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