インタビュー

第2回「放射性ヨウ素逸出や水冷作業者への配慮」(松原純子 氏 / 元原子力安全委員会 委員長代理、放射線影響協会 研究参与)

2011.03.28

松原純子 氏 / 元原子力安全委員会 委員長代理、放射線影響協会 研究参与

「放射線対策は総合的判断で」

松原純子 氏
松原純子 氏

東北地方太平洋沖地震では、「想定外」という言葉が当事者や専門家からよく聞かれる。しかし、当事者、専門家たちが、責任を回避するようなことを言っていてはどうしようもない。福島第一原子力発電所の危機的状態がなかなか終息に向かわないことへの不安とともに、環境中に放出された放射性物質による野菜や飲用水の安全性に多くの国民の関心が高まっている。当事者、専門家の明快な発信がますます求められている時ではないだろうか。2002年4月に原子力安全委員会委員長代理(当時)として「原子力災害時における安定ヨウ素予防服用の考え方」をまとめるなど、放射線影響とリスク管理の研究と正しい理解の普及に努めてきた松原純子 氏に、一般国民の疑問に対する答え、政府や原子力安全委員会などに対する提言を聞いた。

―一般の人は、この放射線のレベルでは心配ないと言われてもよく分かりませんし、そもそもこういうレベルになったら注意した方がよいといわれてもピンと来ないのが現実ではないでしょうか。

放射線の単位がなかなか理解しにくいという問題がありますね。グラムあるいはミリグラムという重さの単位ですと多くの人は直感的に分かります。しかし、ベクレルというのは一つ一つの原子から出て来る放射線パルスを数えている単位です。18グラムの水には10の24乗という膨大な数の非放射性の原子があるわけですから、ベクレルの単位は重さの単位などと比べるとまるで量の大きさの桁や性格が違います。水1キログラム当たり数十ベクレルなどといっても非常に微量な量なのです。

大気中の放射性物質の量は気象条件に大きく変動します。水源に近い山間部で天気の日と雨の日では降下する量が大きく異なり、さらに水源から河川に入り浄水場まで来るまでにも水の中に含まれる量も大きく変動しますから、普通は1カ月間くらいの水を集めて計測し、平均値を出します。今のような緊急事態ではそうも言っていられませんから、その日の数値だけで健康に影響がないかを判断しているわけです。日によって大きく変動するということに注意する必要があります。ですから、むしろ放出源である原子力発電所からどれだけ出ているかの方が大いに気になるわけです。

それからシーベルトという単位についても、ミリシーベルトとマイクロシーベルトが使われ、戸惑う人も多いのではないでしょうか。1ミリシーベルトは1シーベルトの千分の1、1マイクロシーベルトは、さらに1ミリシーベルトの千分の1ということをきちんと知ってもらいたいです。また大気中の放射性物質は絶えず流れていますから、時間当たり、例えば1時間当たりどれだけ浴びるかという数字が重要です。長くその場に居続けると、浴びる量がどのくらいになるか分かりますから。1時間当たりの放射線量がある値だったとすると、その場に1年間居続けると、1時間当たりの値の24時間かける365日で約8,760倍の値になる、といったことも知ってほしいのです。

今私が一番心配しているのは現場で放水などの作業をしている方たちです。線量計をつけ、人海戦術で交互に作業をして被ばく線量が一定以下に収まるようにしているはずですが、例えばある場所である仕事をできる人はこの人だけというようなケースがあるのではないでしょうか。特に放射線量の高い場所では、きちんと作業時間を計って、被ばく線量が一定値を超えないよう交代で作業ができているか、大変心配です。

―実際に3人の作業員が被ばくして病院に運ばれる事態が生じていますから、現場もこれからはさらに注意すると思われます。一般の人たちや作業者にも、放射線の危険の度合いを分かりやすく教えてくれる人が周囲にいないのでしょうか。

今、一般の人たちの関心が最も高いのは、水道水に含まれる微量の放射性物質でしょう。一般人は、宇宙線から1年間約1ミリシーベルトの放射線を受けており、そのほか年に1-2回のエックス線検査などでも放射線を浴びますから、世界平均では年に2.4ミリシーベルトの放射線を日常的に受けています。これに上乗せされる放射線被ばくはできるだけ少ない方がよいという考えに立って、一般人の放射線被ばく量を年に1ミリシーベルトを超えないようにするという規制になっているわけです。世界には自然放射線の高い地域も多く存在し、年1ミリシーベルトというのは非常に大きく安全度を見込んだ数値といえます。

一般の食品の場合は、半減期が長い放射性セシウムに着目し、チェルノブイリ原子力発電所事故の影響を参考に、その食べ物を1年間食べ続けても体内での被ばく線量が1ミリシーベルトを超えないような値に規制しています。水の場合は毎日、1.4リットル飲むという前提で規制値が算出されています。日本の場合、小麦をはじめ外国から輸入される食品が多く、国内で算出される食べ物だけ食べているということはまずあり得ません。この規制値を守っていればまず大丈夫だといえるでしょう。

問題は、放射性ヨウ素の方です。原子力発電所周辺の人々だけに直接、大きな影響を及ぼすだけではありません。原子力発電所から遠方まで運ばれて水源を汚染し、ヨウ素は甲状腺ホルモンの成分であり、水道水から甲状腺に入る危険があるからです。甲状腺ホルモンは成長を促進する働きを持っていることから子どもに対する影響を検討すべきなのです。従って放射性ヨウ素は甲状腺に集積しやすい特徴を持ち、特に乳児は大人より甲状腺への吸収率が高いため、規制値も厳しくなっています。

放射性ヨウ素の甲状腺集積を防ぐには、ヨウ化カリウムのような安定ヨウ素剤を事前に飲むと効果があることが分かっています。放射性ヨウ素が吸入あるいは体内摂取される24時間前以内または直後に、安定ヨウ素剤を服用することにより、放射性ヨウ素の甲状腺への集積の90%以上を抑制することができます。また、吸入した後、8時間以内の服用であれば、約40%の抑制効果が期待できます。

国際的にはICRP(国際放射線防護委員会)が定めた基準がありますが、日本では2002年4月に私が原子力安全委員会委員長代理としてまとめた「原子力災害時における安定ヨウ素予防服用の考え方http://www.nsc.go.jp/bousai/page3/houkoku02.pdf」の中で、どういう場合に安定ヨウ素剤を使ったらよいかを詳しく示しています。汚染が一定レベルを超えた時だけに服用し、全員ではなく40歳未満の人にだけ与える必要があるといった要領が書かれています。

―放射性ヨウ素の量がどの程度になったら安定ヨウ素剤の服用が必要になるのでしょう。

これも指針やマニュアルができています。外部被ばくで10-50ミリシーベルト、内部被ばくで100-500ミリシーベルトになったら避難が必要で、安定ヨウ素剤を服用した方がよい、となっています。指標が二つ書いてあるのは外部被ばくが比較的計測しやすいのに対し、内部被ばくは、甲状腺から放射線が確実に出ていることを確認するのに時間がかかるためです。それぞれ数字に幅があるのは地域によって事情が異なることに配慮したためです。遠隔地で安定ヨウ素剤を配布するのに時間がかかるといったことも起こり得ますから。

今回の場合、私が最初に心配したのが、安定ヨウ素剤の服用が必要かどうかでした。ですから緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)による周辺の地域に住む1歳児の甲状腺被ばく線量予測値を一刻も早く知りたかったわけです。原子力安全委員会の発表は不親切な資料で、NHKや新聞各紙はこの意味を言及しませんでした。既に私は地震が起きた2日後にすぐ、原子力安全委員会にSPEEDIの予測値と安定ヨウ素剤使用の有無を問い合わせたのですが「部外者には教えられない」と断られてしまいました。私はもはや部外者というわけです。

―23日になってようやく原子力安全委員会が公表したSPEEDIの内部被ばく線量予測分布図を見ると、避難指示が出ている20キロの範囲と屋内退避指示の出ている20-30キロの範囲の相当な部分、さらに一部は30キロより外の区域も1歳児の甲状腺内部被ばく線量予測値(地震発生後からの積算値)は100-500ミリシーベルトの範囲に入っているように見えますが。

SPEEDIの予測結果を早く出してくれれば、例えば安定ヨウ素剤投与の必要性や、それがなければ、別の対策は何かといったことも検討できるのです。ヨードが入った薬液を飲めばよいなどといううわさが流れたら、市販ヨウ素入り殺菌剤など有害なものが入っている可能性があるので飲むのはやめて、むしろコブなどヨウ素を多く含む食品を食べた方がよい、などという助言もできます。そもそも避難している人たちは、一カ所にたくさん集まっているわけですから、安定ヨウ素剤を配るのも服用法を教えるのも簡単です。

―現時点で、放射線影響対策で提言したいことをお願いします。

とにかく、今の状況は、ヨウ素を放出している源である原子力発電所の炉心溶融や使用済み核燃料の破損を少なくするため、それらを冷却することがなんとしても重要です。その作業をしている人たちが余分な被ばくをしないような対応を、ぜひとも知恵を結集して行ってほしいものです。

(続く)

松原純子 氏
(まつばら じゅんこ)
松原純子 氏
(まつばら じゅんこ)

松原純子(まつばら じゅんこ) 氏のプロフィール
東京生まれ、お茶の水大学付属高校卒。1963年東京大学大学院博士課程修了後、同大学医学部助手、講師を経て94-99年横浜市立大学教授。1996年原子力安全委員会委員、2000-04年原子力安全委員会委員長代理。現在、財団法人放射線影響協会研究参与。専門は環境医学、リスク評価。長年、放射線に対する生体防御機構の役割について実験的研究を続けるなど、放射線や原子力の安全問題を女性の視野も含めて多角的に検討している。放射線や有害リスク評価に関する知見をリスク科学としてまとめた。主な著書に「女の論理」(サイマル出版社)、「リスク科学入門」(東京図書)、「いのちのネットワーク」(丸善ライブラリ)など。

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