オピニオン

緊急寄稿「東北地方太平洋沖地震の発生はなぜ想定外だったのか」(本蔵義守 氏 / 東京工業大学 名誉教授)

2011.04.06

本蔵義守 氏 / 東京工業大学 名誉教授

東京工業大学 名誉教授 本蔵義守 氏
本蔵義守 氏

 3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震による被害は想像を絶するものであり、地震研究者の一人として、このような事態に至ったことは誠に無念で何とも言えない無力感に打ちひしがれています。今はただ、多くの犠牲者のご冥福をお祈りし、深く哀悼を捧げるほかはありません。また、多くの被災者が劣悪な生活環境の中でお互い助け合っている姿に心を打たれます。われわれ地震研究者は一体何ができるのだろうかと自問自答しながら、それでもここで立ち止まってはならず、地震列島日本でこのような災害を繰り返さないために、懸命の努力を続けなければならないと思っている。

 今回の地震は、気象庁により東北地方太平洋沖地震と命名されている。この地震は典型的な海溝型巨大地震であり、東日本東方海域および西日本南方海域で普通に見られるプレートの沈み込みによる地震の一つである。ただし、この地震は規模を表すマグニチュード(M)が9.0と圧倒的に大きく、わが国の歴史上経験したことのない超巨大地震であった。

 国土地理院のGPS観測データの解析から得られた震源断層モデルによると、断層面は2枚ある。いずれも長さが200キロ、幅が100キロ程度である。北部の断層面は岩手県中部沖から福島県北部沖にわたり、すべり量は30メートル近くに及ぶ想像を絶する巨大な断層すべりであった。南部の断層は福島県沖と茨城県沖に広がっており、すべり量は6メートル程度であった。この南部の断層すべりはM8.2に相当し、海溝型地震としてはこれまでも経験してきた巨大地震に相当する。これらが連動したことで超巨大地震となった。気象庁によると、余震域はこれらの断層モデル域を含む南北500キロの領域に広がっている。地震波の解析による震源断層モデルはいくつか報告されているが、これらを総合すると、震源域は南北約400キロ、東西約200キロ、最大すべり量20メートル程度と思われる(地震調査研究推進本部ホームページ 参照)。こうした巨大な断層すべりが原因で大津波が発生し、広範な地域に甚大な津波被害を引き起こしてしまった。

 日本の地震研究は世界の最先端をいくものであると世界の多くの人は思っているだろうし、その通りであると思う。なのに、今回の地震の発生はなぜ想定されていなかったのだろうか。確度の高い発生時期の予測はできなかったとしても。ただし、この点に関しては注釈が必要であろう。最近の津波堆積物の研究成果に基づいて、過去に大津波を発生させた巨大地震の存在を一部の歴史地震研究者が指摘していたのである。

 科学技術振興機構(JST)と国際協力機構(JICA)の共同事業「地球規模課題対応国際科学技術協力」(SATREPS)がアジア、アフリカ地域を中心として進められている。筆者は、防災分野の研究主幹の立場で地震、津波、火山などの防災プロジェクトを推進している。そのうちの一つにインドネシア課題がある。インドネシアでは2004年にスマトラ沖地震(M9.1)という超巨大地震が発生し、スマトラ島北部を中心に甚大な津波被害が発生した。その後も大地震がいくつか発生するなど、インドネシアはわが国と同様の地震国であり、地震・津波災害軽減が大きな課題となっている。このことからインドネシアをカウンターパートとした共同研究が始まった。インドネシア側としては、地震研究先進国のわが国をお手本にして、防災・減災を目指した研究の高度化を目指していた。そのさなかに、スマトラ島沖地震に匹敵する超巨大地震がわが国で発生し、想像を絶する大被害が発生したことは、インドネシア研究者にとっても大変大きな衝撃であった。“われわれがお手本にして学ぼうとした日本でこのような大被害をみることになろうとは”

 ここで、“この地震の発生はなぜ想定できていなかったのか”という疑問に戻ろう。その理由を一言で説明するのは難しいが、あえて言えば、現在の地震発生予測は過去の地震発生歴に依拠しており、未経験あるいは不十分にしか理解できていない事象には対応できていないということだろうと思う。科学は未経験の事象でも予言できるはずではないかとの指摘を受けそうだが、この意味では地震発生予測科学はまだまだ未熟と言わざるをえない。特に、千年の一度程度の低頻度の超巨大地震という事象に対してはそうである。

 このような弱点を補うべく、海溝型地震発生の物理モデルを構築するための研究が始まっている。特に、近い将来の発生が予想されている南海トラフと呼ばれるプレート沈み込み領域(静岡県沖から宮崎県沖まで延びる海域)を対象とし、まだまだ初歩的なモデルとはいえ計算機シミュレーションも行われ始めている。物理モデルの検証には地殻変動、地震などの観測データの蓄積が欠かせない。海底観測の研究開発は著しく、とくにリアルタイム地震観測を中心とするケーブル式観測網が想定震源域の海底に構築されつつある。

 一方、海域では精密地殻変動観測が難しく、データはほとんどないのが現状である。しかし、最近になって海上保安庁と大学の共同により研究開発が進み、実用段階に到達したと思っている。これからは海上保安庁をはじめ関係機関の連携により、重要なデータの蓄積に全力を挙げてほしいと推進の一端を担っているものとして期待している。さらに、地元自治体関係者との連携も深まってきつつあり、“座して地震・津波発生を待つのではなく、これを迎え撃とう”を合言葉に防災の強化に向けた活動を進めているところである。

 自然は人間の事情など一顧だにすることなく、その摂理に従って推移することを再確認した。今回の地震発生はその一つなのであるが、何とも無慈悲というほかはない。だとすれば、人間の側で自然の脅威に対峙(たいじ)するほかはない。現状では南海トラフにおける地震発生時期の予測は困難であるが、科学技術の力で何としても今回のような甚大な被害は食い止めなければならない。地震はわれわれの側の準備状況にかかわらず襲ってくる。一刻も早い準備が求められる。

東京工業大学 名誉教授 本蔵義守 氏
本蔵義守 氏
(ほんくら よしもり)

本蔵義守(ほんくら よしもり)氏のプロフィール
1945年生まれ。広島県立忠海高校卒。69年東京大学理学部卒、74年同大学院博士課程修了、東京大学地震研究所助手、東京工業大学助教授、教授、理学部長、理事・副学長を経て2011年東京工業大学名誉教授。科学技術振興機構 地球規模課題対応国際科学技術協力事業防災分野研究主幹。専門分野は固体地球物理学。05-06年地球電磁気・地球惑星圏学会会長。

関連記事

ページトップへ