「地球科学のフロンティア日本列島」
構想以来15年の歳月をかけた世界初のマントル掘削船「ちきゅう」の本格掘削が、いよいよ半年後に迫ってきた。最初の調査海域は、一定間隔で巨大地震が起きることがよく分かっている地球で唯一の場所、南海トラフが選ばれた。プレートテクトニクス理論で、目覚ましい発展を遂げた地球科学においても、いまだ未解明の数々のなぞの解明が期待されている。
構想提言以来、「ちきゅう」プロジェクトで中心的役割を果たして来た平 朝彦・海洋研究開発機構地球深部探査センター長に、今後の深海底掘削で期待される新しい地球像、新しい日本列島像について聞いた。
—いま日本が最新鋭の地球深部探査船「ちきゅう」を保有したことの意義を、地球科学という学問の歴史からの観点と、日本列島近辺が占める地球科学上の重要性という観点からお話しください。
大陸移動という20世紀の初頭において提案された説が、海洋底拡大説によって見事に説明できようになりました。米国の深海掘削船「グローマーチャレンジャー」などによる中央海嶺の探査で、中央海嶺で生まれたプレートが移動することによって大陸も動くことが分かったわけです。
しかし、地球の大きさは変わりませんから、プレートは拡大したままというわけには行きません。地球内部、マントルの中に再び沈み込むところはどこか? 日本近辺の西太平洋こそ、その沈み込みの場所だ、ということが分かってきたわけです。
ところが、プレート拡大の場である中央海嶺付近のことはよく分かっているのですが、沈み込みの場で起こる現象については、ほとんど分かっていなかったのです。プレートをつくっている溶岩はどこへ行くのか、プレートの上にたまっている堆積物はどうなってしまうのか。地球科学の最大のなぞの一つになっていました。
実は、プレートの沈み込みについては、3つくらい大きなブレークスルーがありました。それぞれ日本の研究者が大きな役割を果たしています。
まず1950年ごろ、和達清夫氏が地震の震源を調べたところ、日本列島の太平洋側から列島直下、日本海側へと移動するにつれて、斜め方向に震源が徐々に深くなることが分かりました(深発地震面の発見)。一番深い日本海側のところは、数百キロの深さになります。これはプレートの沈み込みを表しているに違いない、となったわけです。
その後に、なぜ火山ができるかを調べた久野久氏が、日本列島から大陸側に行くにつれて、火山岩の性質が系統的に変わる、火山岩の中のアルカリ成分が増えていくことを発見したのです。深いところからマグマが上がってきたのが火山岩だから、火山岩の性質の違いは、和達氏の見つけた地震の起き方の傾向と関係があると考えたわけです。これが、プレート沈み込みの考え方の萌芽となりました。
もう一つは、私の関係した研究成果なのですが、プレートが沈み込むとき、上に載っている堆積物はどこへ行くのか、という疑問に関することです。四国に分布する四万十帯と呼ばれる地層は、元は海のプレート上にあった堆積物が陸上に露出したものであることを実証したのです。陸側から海底に運ばれた砂や岩とともに、赤道付近から運ばれてきた岩石を含んでいることがわかったのです。
—日本列島が、海洋プレートの沈み込みによってつくられたということになるわけですね。
プレートの上の堆積物は沈み込まないで、陸地にどんどん付け加わったのです。洗濯をしたとき出る泡のように。それによって大陸という陸地が、何億年もかけてできたということです。
地球科学を飛躍的に発展させたプレートテクトニクス理論の誕生には、日本の研究者は大きな役割を果たすことはできませんでした。しかし、沈み込みのところで何が起きているかについては、非常に大きな貢献をしてきたといえます。
このような研究の進展がある中で、浮上してきた大きな問題は何かというと、なぜ巨大地震が起きるのかということです。
実は、沈み込みの場所でも、巨大地震が起きている場所と、起きていない所があるのです。グアム島の沖合いでは、深い海溝があり、深発地震面があるのに、巨大地震は起こっていません。一方、日本列島の太平洋岸沿い、南海トラフのようなところは、マグニテュード8クラスの地震が繰り返し起きていますね。
防災の観点からも、巨大地震に対してわれわれが何をできるかということが、問われているわけです。巨大地震のメカニズムを解くことが、まず求められていると考えています。
(続く)
平 朝彦(たいら あきひこ)氏のプロフィール
1946年仙台市生まれ、76年テキサス大学ダラス校地球科学科博士課程修了、高知大学理学部助教授を経て、85年東京大学海洋研究所教授、2002年海洋研究開発機構地球深部探査センターの初代センター長、06年海洋研究開発機構理事。日本学術会議会員。著書に「日本列島の誕生」(岩波新書)など。