オピニオン

新時代の研究開発戦略-アンブレラ産業とエレメント産業軸に(安藤 健 氏 / 科学技術振興機構 イノベーション推進本部 上席フェロー)

2010.06.14

安藤 健 氏 / 科学技術振興機構 イノベーション推進本部 上席フェロー

科学技術振興機構 イノベーション推進本部 上席フェロー 安藤 健 氏
安藤 健 氏

 次の時代の経済成長を担保するのに不可欠なイノベーションを実現するため「アンブレラ産業」と、それを構成する要素としての「エレメント産業」の2軸で産業構造を俯瞰(ふかん)し、その2軸を基礎として研究開発戦略を描く手法を開発した。

 アンブレラ産業とは、部品や材料を組み合わせシステムとして構築したもの、あるいはそれらハード技術と全体システムとして最適な機能を発揮するためのソフトウェア技術とを組み合わせ、付加価値の大きなシステムを構築し、産業連関的にも社会・経済的にも大きな価値を産出する製品を製造する産業と定義した。

 これに対し、アンブレラ産業に組み込まれる構成要素としての部品・材料や独立性の強いソフトウェア製品をエレメント製品と定義し、それらの製品を生産する産業をエレメント産業と定義した。

 エレメント産業に属する部品・材料、特殊素材産業においては、日本の国際競争力は非常に強い。これらの製品は、自動車、薄型テレビ、携帯音楽プレーヤー、携帯電話など世界中の多くのアンブレラシステムに組み込まれ、それぞれの国においてアンブレラ産業を支えている。また、自動車や家電に用いられる高性能鋼材は素材として世界シェアを席巻しており、そのほか輸送機械用を含めた機械用部品や材料、機能性化学製品としての化学材料などは卓越した国際競争力を保持している。

 課題は、自動車や機械関連など一部の製品を除くとアンブレラ産業としての優位性を日本は失いつつあるか、保持していないということである。かつて日本が強かった薄型テレビなどは今では韓国、台湾製品が国際競争力を保持している。中小型液晶ディスプレーやリチウムイオン電池など携帯端末に組みこまれている電子部品の世界シェアは日本企業が断然優位であるにもかかわらず、システムとしての携帯電話はフィンランドのノキア、韓国のサムソン電子、米国のモトローラといった海外メーカーがほとんどのシェアを占めており日本は全くといってよいほどシステムとしての力を発揮できていない。

 iPodについても第5世代1台の利益のうち、その中に組みこまれている日本企業製品すべての利益を合わせてもアップル社が獲得するそれにはとても及ばない。アップル社はそれに加えて、その後のサービスでもさらなる利益を上げている。

 水ビジネスにおいて世界で稼働しているシステムの中に日本のエレメント製品は数多く組み込まれている。しかし、利益の多くを享受しているのは日本の企業ではなくフランスや米国である。世界の水ビジネス市場は2025年に111兆円産業になると言われているが、このままいくと日本はアンブレラ産業としての力を発揮できず、規模の小さな膜などエレメント製品のみで競争力を維持し続けることになる。現在これを変えるべく国内において企業連合体方式でアンブレラ産業としての取り組みが国を挙げて進められている。

 そこで、産業の国際競争力強化という要請に応えるため、システム産業としてのアンブレラ産業と、それを支えるエレメント産業との2軸からなる産業俯瞰図を作り、アンブレラシステムを実現する課題解決のための研究開発推進指針を示した。ここでいうアンブレラシステムの抽出には、地球規模課題の解決を目指したもの、必要となる技術開発には技術革新を必要とすること、また、このイノベーションの実現、すなわちアンブレラ製品は大きな社会的・経済的価値をもたらすものであること、そして日本がそれを創造することが世界的にも優位で、潜在的ポテンシャルが世界からも期待されているものであること、という4つの条件を課した。

 こうした考え方に基づき、研究開発戦略センターにおいてワークショップおよび識者のインタビューを通して37のアンブレラ産業を提案した。産業界と国がアンブレラ産業を実現するという目標を共有すれば、日本の総力を結集して焦点を絞り、無駄をそぎ落とし、戦略的に研究開発に取り組むことができる。

 上に述べた技術革新を必要とするという条件のもとでのアンブレラ産業の実現は、デマンドプルによるシーズ探索、そして探索して見いだしたシーズをイノベーション実現へと高めていくデマンドプル・シーズフォワード型の研究開発戦略を描くこととした。そのためにはデマンドをブレークダウンし、最終的には科学・技術が達成すべき性能・目標と研究課題への落とし込みが必要となる。イノベーション実現に要求されるエレメント製品およびそれを商品化に導くための科学・技術研究開発課題を、この2軸で構成されるマトリックスの中に落とし込んでいくことになる。

 未完成ではあるがその例を俯瞰図中に記載した(注)。アンブレラ製品からみるとその実現に要求される製品および科学・技術研究開発課題がパッケージとして浮かび上がり、エレメント製品からみると多くのアンブレラ製品が共通的にブレークスルーを必要とするコアとなる研究開発課題が浮かび上がってくる。

 ここで特に言及しておくべきこととして、アンブレラ産業実現にとって個々のエレメント製品ではカバーできない大きな課題、社会的課題やシステム技術課題が浮かび上がってくることである。これらは特定のエレメント産業に帰属させることができず、アンブレラ産業実現に特有のものとなる場合が多い。それらを落とし込むべきマトリックスも同俯瞰図中には準備されている。例をいくつか同図中に示した。ここで検討している科学・技術課題はあくまでもイノベーション政策の中での科学・技術への落とし込みとして必要となる課題である。

(注)CRDS-FY2008-SP-10戦略提言 国際競争力強化のための研究開発戦略立案手法の開発 -日本の誇る「エレメント産業」の活用による「アンブレラ産業」の創造・育成-

科学技術振興機構 イノベーション推進本部 上席フェロー 安藤 健 氏
安藤 健 氏
(あんどう けん)

安藤 健(あんどう けん) 氏のプロフィール
鹿児島県立甲南高校卒、1971年九州大学大学院工学研究科修士課程修了、九州大学工学部応用原子核工学科助手。同大学工学部応用原子核工学科・総合理工学研究科材料開発工学専攻助教授を経て、87年東芝総合研究所主任研究員。東芝基礎研究所長、東芝研究開発センター材料応用技術センター長、東芝企画室経営変革SQE(Senior Quality Expert)などを経て、2000年GE東芝シリコーン(現 Momentive Performance Materials Inc.)執行役員・技術研究所所長、07年科学技術振興機構研究開発戦略センターシニアフェロー。同センター上席フェロー、科学技術振興機構イノベーション推進本部産学官協同プラットフォーム推進タスクフォースチーフを経て、2010年から現職。工学博士。文部省学術審議会専門委員(1995年)、日本学術会議物理学研究連絡委員会委員(IUPAP委員1997年)、科学技術振興事業団さきがけ(PRESTO)「秩序と物性」領域アドバイザー(2000年)、経済産業省「日本のイノベーションエコシステム研究会」コアメンバー(2008年)なども。

関連記事

ページトップへ