本田財団懇談会(2009年7月23日、本田財団 主催)講演から
日本は大変優れた水システムをつくり上げてきた。水道の地震対策や鉛対策によって、東京都水道局は3.3%という世界一低い漏水率を達成している。水の循環再利用システムは外国に不思議がられている。外国で水の再利用といえば例えばカリフォルニア州のように乾燥地域で農業用水に使うのに限られているからだ。日本は人口集中地域の渇水対策として、水洗トイレなど雑用水に再利用している
都市で水の再利用が盛んになった背景は何か。日本が得意とする多くの個別技術があるためだ。第一に膜分離活性汚泥法である。これは微生物を増やして水を浄化する方法だが、汚泥と水を高速、高効率で分離しなければならない。この膜を繊維メーカー、セラミックスメーカーがそれぞれつくっている。さらに、分析化学機器、分子生物工学機器が非常に優れていることも重要。さまざまな化学物質、微生物が含まれる水の安全確保には、これらの機器が重要な役割を果たすからだ。地盤沈下が問題になったときに代わりの工業用水を提供して地下水の使用量を急激に減らし、地下水位を元に戻したような公害対策の経験も大きな力になっている。
浄化槽により日本では下水道サービスが行われていない地域では個別の家庭でも廃水処理が盛んに行われているが、小規模でも対応できることから下水道がない途上国にも有効なシステムになると思われる。
水に関する日本の優位性ということについてさらに言えば、第一に多様性である。気候が多様だし、工業先進国として科学技術を川上から川下まで持つものづくりの強さがある。システム設計からコンサルティング、経営管理の能力に加え、東京のような巨大都市から山間地までいろいろな地域の水事業規模に対応している経験も持つ。
第2にモンスーン地帯にあって、雨の降り方が欧州とは違うことが挙げられる。地震、台風、渇水に対し技術的に強いものをつくった。水については縦割り行政とよく言われるが、逆に国内では緻密な連携により世界一流の技術、システムをつくりあげたといえる。
アジアには人口1,000万人を超す都市が集中し、過去30年間の自然災害による死者の半数はアジア。安全な飲み水が提供されない人は世界に9億人いるといわれるが、その半数はアジアだ。気候変動のせいか日本の年間降水量の経年変化をみると、極端な小雨が多発する頻度が増えているようにも見える。大都市の水資源確保への対応がますます必要で、水循環再利用は非常に有効な技術になる。
水に関してはさまざまな政策、科学技術が高度な連携を伴い日本の社会に組み込まれている。さらに、玉川上水の例でも分かるように自然と共生する文化が基本的に日本にはあることが大きい。この2つが強みとなって日本の水システムと技術は世界から期待され、求められている。
ただし、一つ問題がある。国内では緻密な連携があるが、世界に出るためには一つのまとまった形として出ることが求められるからだ。膜の技術だけ持って行っても駄目で、浄水場システムの技術だけ持って行っても駄目。その町の設計から管路の設計によって漏水率を下げ、お客さんにたくさんの水を供給できるシステム全体として提供しなければならない。ところが一部は地方公共団体、一部はメーカー、コンサルティング会社、一部は建設会社がやっているというのが日本の状況だ。ODA(政府開発援助)的に世界に貢献するときも、ビジネスとして世界に出る場合でも、システム一体としてつくりあげる主体が必要だ。
これに関しては水に関する業界、役所がさまざまな仕掛けをつくりあげようと急激に動いている。日本の潜在的な力を世界に開放する機会も、すぐ近くにある。
大垣眞一郎(おおがき しんいちろう) 氏プロフィール
1969年東京大学工学部都市工学科卒、74年同大学院工学系研究科博士課程修了、工学博士。東北大学工学部助手、東京大学工学部助教授、タイ・アジア工科大学助教授、東京大学工学部教授、同水環境制御研究センター長を経て、2002年東京大学工学部長・大学院工学系研究科長。09年から現職。05-06年日本学術会議副会長を務めたのに続き08年から再び副会長に。06-08年国際水学会副会長も。専門は都市環境工学、水処理工学、水環境工学。「河川の水質と生態系 -新しい河川環境創出に向けて-」(監修, 技報堂出版)、「自然・社会と対話する環境工学」(共編、土木学会)、「環境微生物工学研究法」(共著、技報堂出版)など著書多数。