インタビュー

第1回「ガラパゴス化の実像」(夏野 剛 氏 / 慶應義塾大学 特別招聘教授)

2008.12.19

夏野 剛 氏 / 慶應義塾大学 特別招聘教授

「活かされていない日本の技術力」

夏野 剛 氏
夏野 剛 氏

ダーウィンの進化論を生んだガラパゴス諸島の名をとり、日本の技術やサービスが世界市場に躍り出られない現実を比喩する「ガラパゴス化」という言葉が、あちこちで聞かれる。典型的な例として挙げられるのが、日本の携帯端末とそのメーカーだ。これに対し、ガラパゴス化という表現は的を射ていないと、異論を唱える人がいる。携帯電話サービス、iモードの産みの親として知られ、いまインターネットの各種サービス分野に新たな活躍の場を求めている夏野 剛・ドワンゴ取締役、慶應義塾大学特別招聘教授に携帯サービスを中心に日本のメーカーの問題点や「ガラパゴス化」の実像を聞いた。

―ガラパゴス化という日本の現状に対する比喩に異論を唱える理由をお聞かせください。

技術のレベルで日本がガラパゴス諸島と同じなどというのは、とんでもないことです。外国のメーカーは、日本の技術に注目しています。日本と同じクオリティを持つ携帯端末など外国のメーカーにはつくれません。それくらい日本のメーカーの技術力は高いのです。しかし、問題は技術力だけでは世界で勝負はできないということなのです。営業力、ブランド力などをきちんと整えないと勝てません。その努力と挑戦を日本のメーカーはうまくやって来なかったのです。

海外で日本のエレクトロニクスメーカーの名前は、ほとんど知られていません。日本国内同様に認知されているのはソニーだけと言っても過言ではありません。サムスンやLGといった韓国のメーカーと比較するとよく分かります。2000年時点の携帯端末の世界市場では、両社ともシェアは1%にも届いていません。それが05年では、サムスンは15%、LGは8%です。世界有数のメーカーになってしまいました。技術力は日本に劣るかも知れませんが、マーケティング、現地幹部の登用、ブランディングを徹底してやりました。オリンピックで展開した大々的な広告活動でもよく分かるでしょう。

NTTやドコモのせいで、メーカーが外国に出て行けないというのも全くの間違いです。そういう人たちは携帯端末が、一般の製品とは違うということを分かっていません。売る相手はユーザですが、それ以前にその国の通信業者の許可が必要なのです。ネットワークにつなげる試験や通信会社サービスとの接続確認をしなければなりません。どんなに技術がよくてもその国の通信業者ときちんとよい関係をつくらないと販売できないのです。そのためには営業能力と交渉能力を要求されます。日本のメーカーは、そちらの方は不得手で、いいものを開発すれば売れると思っていたのです。

各国の通信業者と切った張ったの交渉をやらなければいけないのに、日本のメーカーには英語ができない役員や社員がたくさんいます。欧州のメーカーは、全員英語ができます。台湾も全員、韓国のメーカーもほとんどできます。英語ができない社員が多いのは日本だけで、特に幹部に英語ができない人がたくさんいます。英語ができればよいと言うものではありませんが、英語ができなければ通信業者と交渉するにも話になりません。

しかも、終身雇用のせいで、中途採用の幹部はほとんどいませんし、海外で現地法人の社長をやっていても、ずっと東京を見ている人が少なくないのです。売ればいくらという給与制度になっていませんから、リスクを取るとか販売先を開拓するという強い意思を持たずに仕事をしている人が多くなってしまいます。海外のメーカーは、売れば売るほど給料が増えますから、これでは負けます。

日本は、要素としてはいいもの持っています。技術者といわれる人たちだけでなく、器用な技術を持つ工員を持つ下請けの企業群がそろっているなど、ものすごくクオリティが高いものを生み出す構造ができあがっています。経営をうまくやりさえすれば、必ずや日本のメーカーは世界の市場で大きなシェアをとることができます。宝の持ち腐れになっているのです。

ガラパゴスのリクイグアナは、ほかでは絶滅するから閉じこもっているのに対し、ほかで通用するのに自ら閉じこもっているのが日本のメーカーです。最先端の技術があるのに経営がそれを殺してしまっているのが現状です。ガラパゴス化という比喩は全く的外れだと言えます。

(続く)

夏野 剛 氏
(なつの たけし)
夏野 剛 氏
(なつの たけし)

夏野 剛(なつの たけし) 氏のプロフィール
1984年東京都立井草高校卒、88年早稲田大学政治経済学部経済学科卒、95年米ペンシルベニア大学経営大学院ウォートンスクール卒(経営学修士)。88年東京ガス入社、96年立ち上げに参加したインターネット関連企業 (株)ハイパーネット社の取締役副社長に。97年(株)エヌ・ティ・ティ・ドコモに誘われ、iモードの基本コンセプトを示す。ゲートウェイビジネス部メディアディレクター、ゲートウェイビジネス部コンテンツ企画担当部長、iモード企画部長を経て、2005年執行役員マルチメディアサービス部長、08年5月慶應義塾大学政策メディア研究科 特別招聘教授、08年7月(株)ドワンゴ顧問、同年12月25日同社取締役に就任。08年6月からセガサミーホールディングス株式会社、ぴあ株式会社、トランスコスモス株式会社、NTTレゾナント株式会社の社外取締役を兼務、他複数社の役員、アドバイザーを務める。01年5月米国ビジネスウィーク誌「世界eビジネスリーダー25人」、同年8月同誌「アジアのリーダー50人」に選出された。02年5月 「ウォートン・インフォシスビジネス改革大賞(Wharton Infosys Business Transformation Award)」Technology Change Leader 賞受賞。主な著書に「i モード・ストラテジー~世界はなぜ追いつけないか」(日経BP社)、「ケータイの未来」(ダイヤモンド社)など。

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