信濃毎日新聞 2008年7月21日朝刊「科学面」から転載
日本の国際競争力が衰えたとよく言われる。そもそも国際競争力とはなんだろう?
国境線に立って日本と海外とのやりとりを見たならば、実は日本は非常に素晴らしい国だと気付く。世界の最優良児だ。バブル経済の頂点にあった1986年以来、不況の90年代を含め、多少の短期的凹凸はあるが、貿易黒字10兆円を22年間も続け、その結果2007年で250兆円というダントツ世界1位の海外純資産を築いて来た。
この資産は融資あるいは投資され、そこから日本は07年には16兆円の所得収支黒字を得ている。貿易黒字10兆円と合わせると26兆円、国民一人あたりにして年間21万円の黒字だ。自分が毎年金利だけで21万円も払うことを考えてみれば、この巨額さが分かる。世界最大の「投資国」日本が浮かび上がる。しかも海外投資はここ数年増加の速度を増している。日本の企業の利益が増えているからだ。
一方、国内に目を転じると、若者たちの非正規雇用が大きな問題だ。国民に十分な職場が提供されず、個人金融資産は2000年以降むしろ減り始めている。GDP(国内総生産)は90年以来500兆円のまままったく増えていない。にもかかわらず、多くの企業はここ数年、活発な海外活動によって史上空前の利益を出している。
政府は国民に多額の借金をしている。このため政府はリーダーシップを失い、国民は閉塞(へいそく)感の中に置かれたまま。これは新しいタイプの日本病だ。企業は国内を見捨て、利益を海外で再投資、蓄積しているため、国内の投資は不活発だ。その昔、地方から大都市へ、特に冬場は出稼ぎが多くあった。この日本病は「出稼ぎの留守宅」のようなもので、しかも、父親が留守宅に魅力を感じていない。
科学技術に革新が起きると、社会に新たな産業が起こり、あるいは、社会の課題が解決されると考えられてきた。しかし、現在の日本病を解決するには、もう一つの工夫が必要だ。良い技術が開発されたとき、その技術をまず日本国内で適用してみようと考える企業が必要だ。メーカーに聞いてみると、「日本は法人税が高いので、海外で活動する方が楽」と言う。彼らが国内投資を控える理由である。
日本に対するイメージは、国内と海外とでまったく対照的である。この未体験の日本病は、外国人から見れば処方は簡単である。留守宅に取り残された日本政府と国民は、企業という父親がもっと繁く家に帰ってくるよう工夫すればよい。ただし、留守宅改造は父親が元気なうちにやる必要がある。
北澤宏一(きたざわ こういち)氏のプロフィール
943年長野県飯山市生まれ。東京大学理学部卒、同大学院修士課程修了、米マサチューセッツ工科大学博士課程修了。東京大学工学部教授、科学技術振興機構理事などを経て2007年10月から現職。日本学術会議会員。専門分野は物理化学、固体物理、材料科学、磁気科学、超電導工学。特に高温超電導セラミックスの研究で国際的に知られ、80年代後半、高温超電導フィーバーの火付け役を果たす。著書に「科学技術者のみた日本・経済の夢」など。