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研究開発力、国際競争力を強化するために、具体的にどのような方策をとればよいのか。イノベーションを引き起こし、将来的な人々の生活の質を保障するために、科学技術政策はどのようにあるべきか。このような問いにひとつの道しるべを提示しようと、編まれたのが本書である。アンブレラ産業、エレメント産業という新しい概念を提示し、これをもとに社会の問題解決につながる示唆を与えようとしている。
ここで「部品や材料を組み合わせ、システム化技術を駆使してシステムとして構築したもの、あるいはそのシステムが最適な機能を発揮するための最適化技術としてのソフトウェア技術とを組み合わせ、付加価値のより大きなシステムとして構築したもので、産業連関的にも社会的・経済的にも、大きな価値を生み出すシステムを生産する産業」をアンブレラ産業と定義している。その上で、日本はアンブレラ産業を実現するために必要とされるエレメント産業が国際的に優位な立場であるにもかかわらず、その強みが十分に活かせていないと主張する。その具体的な例として、携帯電話端末やiPod、水ビジネスなどを取り上げている。
著者は、産業の国際競争力の強化が喫緊の課題であるとして、37のアンブレラ産業を取り上げ、これらを科学技術イノベーションを必要とするアンブレラ産業、すなわち「S&Tino (Science and Technology innovation) アンブレラ産業」と命名した。「S&Tinoアンブレラ産業」について、課題解決に向けて新たに開発されたオールラウンド・マップ『産業技術俯瞰(ふかん)図』を用い、イノベーションを引き起こすための研究開発指針が作成可能であることを示している。
アンブレラ産業の創造には、科学技術的な能力以外に、価値を正しく理解してそれを産業化する能力が求められる。その中にはコミュニケーション能力が含まれるが、それだけではなく総合的なマネジメント能力に長けたリーダーシップ人材が必要であるという。
技術経営やサービス経営などのコースをもつ社会人対象の大学院では、イノベーションや戦略ロードマップなどに関する講義が数多く行われているが、アンブレラ産業の創造に求められる科学技術的な能力を具備したリーダーシップ人材は、社会にそう多くいるわけではない。また、産業構造を変えるほどの破壊的イノベーションを創発するためには、技術経営やサービス経営を学ぶ科学技術人材だけでは母集団が不足している。
本書が、高い問題意識をもつ人たちに多く読まれ、具体的な行動に移れる人がどれだけ出てくるかによって、われわれの将来も変わってくるのかも知れない。